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溜息の数だけあなたを想う - タテ書き小説ネット

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溜息の数だけあなたを想う
紫門 めぐみ
!18禁要素を含みます。本作品は18歳未満の方が閲覧してはいけません!
タテ書き小説ネット[X指定] Byヒナプロジェクト
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ムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
はヒナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用
の範囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止
致します。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にど
うぞ。
︻小説タイトル︼
溜息の数だけあなたを想う
︻Nコード︼
N4544X
︻作者名︼
紫門 めぐみ
︻あらすじ︼
わがままな姉の代わりに五十嵐コーポレーションの次期社長であ
る五十嵐徹と婚約した鈴華。高校卒業を半年後に控えた時に持ち上
がった結婚話に戸惑う鈴華と、時代遅れな政略結婚を押し付けられ、
抵抗する徹。会った事もない2人が強制的に同棲することになるが、
すれ違い・勘違いから徹は鈴華を傷つけてしまう。
本編完結いたしましたので、只今番外編を更新中です。
1
1
静かな夜に、ヒステリックな声。
清川家ではこのヒステリックな声は、日常になりつつある。
毎日の事ながら、風呂に入った後早々に2階の自室にこもった鈴華
は、小さくため息を漏らした。
9歳年の離れた姉の麗華は、27歳にもなるのに、小さいことで母
に当り散らし、憂さ晴らしをする。
こうなると誰も止められない。いや、母親の春子が幼いころから続
く麗華のわがままをずっと寛容した結果であろう。
参考書に目を通しながら、授業の予習をしていた鈴華は、意識しな
くても耳に入ってくる麗華の声に呆れながら参考書を閉じた。
今夜の声はいやに耳に響く。
このままだと母はオロオロして、まだ仕事中の父親に電話をしかね
ない。
自分が下に下りて行った所で春子のの助けにはならないが、姉の八
つ当たりの方向を自分に向かせ、
母の精神的負担を軽減することはできるだろうと自室を出て、1階
にあるリビングへ向かった。
鈴華がリビングへ行くと、いつもはこの時間には滅多に帰ってこな
い父親である隆文の姿があった。
どうやら麗華は隆文に怒っているらしく、甲高い声で怒鳴り散らし
ていた。
2
いつもなら、麗華のヒステリーを一括して黙らせる隆文が、今夜は
黙ってソファーに座ったまま麗華を困った顔で見つめていた。
﹁お父様、お帰りなさい。今日は早いのね﹂
鈴華が声をかけると、隆文は少し顔をこちらへ向けて、優しくただ
いまと言う。
﹁姉さま、どうしたの?﹂
鈴華は麗華に問いかけると、般若のような顔をして振り返り、鈴華
を指差して言った。
﹁そうよ!鈴がいるじゃない!なんで私が顔も知らないような男に
嫁がなきゃいけないのよ。相手が清川家の人間で良いと言うなら鈴
でも問題ないはずよ﹂
と隆文に食ってかかる。
﹁馬鹿なことを言うな、鈴華はまだ高校生じゃないか﹂
﹁あと半年で卒業だわ!それに、私だってまだ27歳よ!お見合い
通り越して政略結婚なんて、時代遅れもいいとこね﹂
麗華はそう吐き捨てると、鈴華に擦り寄った。
﹁ねぇ、鈴∼、今の会話で頭のいいあなたには大体察しがついたわ
よね?私、今付き合ってる人がいるの。結婚なんて嫌!鈴はもう卒
業なんだし、くぎりとしては丁度いいじゃない?代わりに行って来
てよ﹂
と猫なで声でお願いのポーズだ。
その発言に父親である隆文は我慢ならないという顔でソファから立
ち上がる。
﹁何を言っているんだ!麗華、お前もいい加減フラフラしてないで、
3
家庭に入って落ち着くのもいい頃だ!相手の五十嵐徹さんは、次期
社長の座を約束されてる将来有望な青年だ。あちらの希望があって
の結婚の話だ。こんなにいい話、もう二度とないぞ!﹂
﹁なによ、あちらから言われて断れないだけのくせに!お父様も一
応社長のくせに、大きな会社には逆らえなくて、情けないわ﹂
麗華は隆文をにらみつける。隆文は顔を真っ赤にさせて、麗華に掴
み掛かりそうな勢いだ。それを必死に母親の春子が抑えている。
五十嵐といえば、日本でも有名な五十嵐コーポレーションのことだ
ろう。そこの御曹司との結婚話だ。
隆文もそこそこ会社を大きくして、社長の椅子に座っているが、今
の日本に五十嵐の要求を断れる会社があるだろうか。
以前から父親が話していた、大企業との合併話は五十嵐とのことだ
ったのかと、鈴華は思った。
仕事の話をされてもわからなかったが、この合併話を、普段寡黙な
父親が嬉しそうに食卓で話していたのを思い出した。
﹁いいよ、私でも姉さまでも五十嵐さんはかまわないとおっしゃっ
ているのでしょう?私が行く﹂
そう言った鈴華に麗華は悲鳴を上げて喜び、ぎゅっと鈴華の細い体
を抱きしめた後、隆文の制止もきかずリビングを早々に出て行った。
﹁鈴華、お前、短大進学が決まっているじゃないか﹂
隆文が頭を抱えてソファーに座り込んだ。
﹁いいのよ、お父様は断れないのだし、今の姉さまをあのまま顔見
せの場所に無理やり連れて行っても、何を仕出かすかわからないわ。
4
もし合併の話自体なくなってしまったら大変だもの。それに、学校
の子も何人かは卒業後にお見合い相手との結婚が決まっている子も
いるのよ。私の学校では普通だわ﹂
鈴華の通う学校は幼稚舎から大学まで一貫して女子校という、全国
でも珍しいお嬢様学校で、全国から志願者が殺到するほどレベルも
高い学校なのだ。企業や政治家の娘などが多いため、卒業を控えて
いるクラスメイトの中にはまだ数回しか会ったことのない男性との
結婚を控えている者もいた。
隆文は黙ったまま、鈴華を見つめていた。父親の立場と経営者とし
ての立場でゆれている、そんな瞳だった。
﹁そ、それに五十嵐さんといえば、立派な方だし、私みたいな地味
なのが来たら断ってくるかもしれないわ。もし断られなくても、そ
んな人のお嫁さんになれるチャンスなんて、私には一生回ってこな
いだろうし、ラッキーなんだよ﹂
鈴華は明るく言った。
﹁私のことは心配しないで、お仕事、頑張ってね!﹂
そう言うと、鈴華も足早にリビングを後にした。
これ以上父親に何か言わせないためでもあるが、気まずい雰囲気の
中にいるのも耐えられなかった。
5
1︵後書き︶
初投稿です。細々更新していく予定ですので、よろしくお願いしま
す。
6
2
自室のドアを閉め、机に向かうと鈴華は引き出しの中にしまってあ
った小さな鏡を取り出す。
自分の姿を映してため息をつく。
姉の麗華は昔から華やかだった。27歳になってなお、美しさに磨
きがかかり声をかけてくる男性は今も多いようだ。
一方鈴華は普段から着飾ることも無く地味だ。黒いまっすぐな髪。
目鼻立ちは多少はっきりしているとはいえ、麗華には劣る。
常にメガネをかけているので学校でも目立つことはない。
校則もやぶらず、派手なこともしない模範生。もう後輩にすべてを
託したが、夏までは生徒会の書記を担当していた。
﹁きっと会ったときに幻滅されるわよね﹂
鈴華は鏡を元の場所にしまいながら、以前一度だけ会った五十嵐徹
のことを思い出していた。
父に連れて行かれたパーティで彼を見かけたときは、なんて綺麗な
顔をした男の人だろうと思った。
まだ学生だった彼も鈴華同様詰まらなさそうに、端っこに座って、
会話をしている大人たちを眺めていた。
ちょうど椅子3つ分ほどしか離れていない場所に鈴華も座っていた
のだ。
チラチラと見ている鈴華の視線に気がついたのか、徹はまだ幼い鈴
華に﹁こんにちは﹂と声をかけてくれたのだ。
﹁君も連れてこられたの?どうせ放っておくなら、留守番が良かっ
たよな﹂
7
と微笑む徹に見惚れて、返事もできなかった。
首を縦に振るのが精一杯で、何か気の利いたことでも言わなくては
と子供ながらに考えていたところで、徹は別の男の人に呼ばれて席
を立ってしまった。
その後会話もできなかったし、会う機会もなかったが、彼の名前だ
けは父親に聞いて覚えていた。
今までそんなこと忘れていたし、初恋と呼べないくらい会った時間
も短かったが、男性を見て胸が高鳴ったのは後にも先にもあれ一度
きりだった。
その後パーティには出席する機会もなかったし、学校は完全女子校
なため、男性と触れ合う機会がなかったせいでもある。
考えても仕方ないことだと、鈴華はまだ早い時間だったが、ベッド
に入り電気を消した。
それから数日、隆文は迷っていたようだが、五十嵐の希望は断れな
かったのだろう。
鈴華で結婚の話を進めていった。
しかし、一向に顔あわせの予定が立たない。
徹の仕事が忙しく、都合がつかない事が理由らしい。
しばらくは緊張して、いつ会うのだろうかと待っていた。しかしあ
まりにも音沙汰がないのですっかり結婚の話も頭のすみに追いやら
れていた頃、先方から徹の住むマンションに引っ越してくれという
8
要望があった。
顔合わせもしていないのに、それはどうかと隆文も何度か掛け合っ
たが﹁会う都合がつかない﹂という理由が返ってくるだけであった。
学校が始まる前、正月明けに同棲という形で一緒に住み、入籍は高
校の卒業式を待ってとのことだった。
式は仕事が一段楽したら挙げる形という事は伝え聞いたが、詳しい
日程も決まっていなかった。
隆文も不審に思っていたが、相手はあの五十嵐だ。
機嫌を損ねるようなこともできないと、うやむやにしたまま、引越
しの準備だけを進めていった。
準備と言っても、生活用品のすべては徹の家にあるようなので、身
の回りのものだけ整理していっても、ダンボール6箱と布団一式に
しかならなかった。
あまりにも少ないので、家族にも驚かれた。
業者を呼ぼうとしていたが、隆文の社用車で事足りそうだったので、
引越し当日は隆文の秘書が運転をし、荷物を運び入れることとなっ
た。
9
3
五十嵐徹はイライラしながら、今日何本目かわからないタバコに火
をつけ、書類をにらみつけながら作業を進めていた。
時刻は夜9時を回った。
いつまでたっても終わらない仕事。毎日、日付が変わるまでオフィ
スにこもることが多く、休日も作業に追われていた。
父親の勝が持ってきた見合い話を断るいい口実にもなって、仕事も
進むし一石二鳥と思っていたら、なんと明日、例の相手が自分のマ
ンションに引っ越してくるという。
父親が勝手に手引きしたようだ。
しかし、見合いの相手も相手だ。顔も知らない奴の部屋にちゃっか
り引っ越してくるなんて。
調査したとおり、遊びまわっているだけのことはある、と調査会社
からの書類に目を移した。
そこに書かれていた事項は、ひどいものだった。
学生時代から遊びまわり、親のコネで就職してもすぐ辞め、今は家
事手伝いという名目で放蕩三昧。27歳にもなって相変わらず派手
に遊びまわっているらしい。
父親もなぜ、こんな女をあてがうのか。いくら出所が良くても、こ
んな女じゃ結婚なんて考えられない。
大方、この女も自分の経歴だけにほれ込んだのだろう。過去にそん
な女はいくらでもいた。
徹はうんざりしていた。
10
﹁清川麗華﹂
その書類には﹁麗華﹂についての情報が細かく書かれていた。
徹はまだ知らなかったのだ。
結婚相手が妹の鈴華になったことも。
ずっと父親との接触を避け、話す隙を与えていなかった。
そもそも結婚する気もなかったので、適当にあしらっていれば諦め
ると思ったのだが、今回の父親は本気らしい。
33歳にもなっても特定の相手もいない。ゆくゆくは社長になるの
だからいい加減落ち着けと言われ、﹁まだ33だ!﹂と反発してい
た。
こんなことになるなら、自分で適当に相手を見繕って父親に見せて
おけばよかった。今後悔しても遅い。
もう明日にはこの女が我が物顔で自分の部屋を占拠しているのだろ
う。
徹が深いため息をつくと、隣でくすくすと笑う声が聞こえた。
徹の秘書をしている秋元修二だ。
﹁何がおかしい?﹂
﹁いや、大変そうだなと思って﹂
修二はおかしそうに笑い続ける。
﹁他人事だと思って﹂
徹は新しいタバコに火をつけた。
﹁まぁ、相手はお嬢様だし、適当にあしらっていればあっちが音を
上げて、実家に帰るんじゃないか?プライド高そうだもんな﹂
と麗華に関する調査書を手に取る。
修二は今は秘書であるが、徹とは幼馴染だ。2人の間に隠し事はあ
まりない、というかほとんど筒抜け状態だ。
11
今は秘書として四六時中一緒にいるのだ。結婚話も自然に耳に入っ
てくる。
﹁だといいけどな、しばらくあのマンションには帰らない。親父へ
の当てつけにもなるし。帰らなかったら女の方が騒ぎ出すだろう﹂
そんな感じするな、と修二も肩をすくめた。
徹はこの話は終わりだと、また仕事の書類に目を通すことに専念し
た。
12
3︵後書き︶
思ったより短い話でした。余裕があればもう一話UPします。
13
4
引越し当日、隆文の秘書に荷物を運び込んでもらい、ものの30分
で引越しは完了した。
鍵はあらかじめもらっており、部屋も空いている部屋を使っていい
といわれていたので、一番小さな部屋を拝借した。
ひとつ鍵のかかっている部屋があったところが徹の部屋だろう。
4LDKのマンションに必要最低限の家具がリビングとキッチンに
ある程度で、使用した形跡がほとんどなかった。
このマンションには眠りに帰ってきているだけなのかもしれない。
引っ越してまず良かったところは学校からとても近くなったことだ
った。
実家に居た時より30分遅く起きても間に合いそうだ。
軽く荷解きを終えると、早速キッチンを見に行く。
キッチン一式用品はそろっているため、調味料を買い足せば料理で
きそうだ。
鈴華の特技は料理だった。母親の春子が料理嫌いのため、自分で本
などを参考に作っていたら、一通りの料理はできるようになってい
た。
自分と一緒にいてよかったと思ってもらえるとしたら、料理くらい
だろうと早速徹のために何を作ろうか考え始めた。
しかし、徹がいつも何時に帰ってくるのか鈴華は知らない。
遅いであろう事は想像がつくので、冷めても美味しい、温め直せば
食べられるような物を作ろうと決める。
14
父親がもらってきた紙に徹の携帯の電話番号とメールアドレスがあ
った。
仕事中に電話をかけるのは躊躇われたため、メールをすることにし
た。
﹃はじめまして。清川です。
本日からよろしくお願いします。お帰りは何時くらいでしょうか?
お夕飯を作ってお待ちしています﹄
色々なメール文を考えたが、長すぎるのも考え物だとシンプルな文
で送ることにした。
しかし、送信して暫くたつと﹁夕飯を作って待っているなんて図々
しいだろうか﹂等色々考えてしまって、気分が沈む。
送ってしまったものは仕方ないと、とりあえず必要そうなものをメ
モし、鈴華は買出しに出かけることにした。
徹のマンションは駅からも近く、その駅の周りも商店街や大手スー
パーもあり、辺りは賑やかである。
今流行のオーガニックを扱う高級食材店もあったりと、駅周辺に行
けば大抵のものは手に入りそうだ。
必要なものに使ってくれということで五十嵐名義のクレジットカー
ドを預かっていた。
大手系列会社のスーパーへ入ると、ありがたくそのカードを使わせ
てもらう。
カードを持つなど鈴華にとっては初めての経験なので、支払いの時
にドキドキしてしまった。
15
徹のマンションに急いで戻り、夕食の準備をして徹を待っていたが、
9時を過ぎてもメールの返信もなければ帰ってくることもなかった。
仕方ないのですべての料理にラップをし、冷蔵庫に入れるとテーブ
ルにメモを残して部屋に入る。
いつもどおり、予習をして日付が変わったころ布団に入ったが、徹
が帰ってきた気配もなく、朝になってもメールの返事もなかった。
翌朝、少し早めに徹のマンションを出て、学校へと向かう。
やはり早く着きすぎてしまったが、教室に行くと、友人の中村美咲
が突進してきた。
﹁おはよう!鈴!新生活はどう??大丈夫??﹂
美咲は心配そうに鈴華に問いかける。
徹は帰ってこなかったと言うと、﹁あの五十嵐の御曹司じゃ忙しす
ぎて家に帰る暇もないのかもね﹂と納得した様子だった。
﹁噂によると特定な彼女っていなかったみたいだけど、綺麗な女の
人連れてるの見たって人が結構いるし、私鈴が心配だよ!
年上の男に良いようにされたらどうしようかと・・・﹂
﹁大丈夫だよ、あの五十嵐の御曹司だもの。変なことできないって﹂
鈴華は明るく言った。
﹁何かあったら電話してよ!助けにいくから﹂
美咲は鈴華をぎゅっと抱きしめた。
鈴華は﹁ありがとう﹂と美咲に言った。
美咲とは幼稚舎から友達で、何でも話し合える、いわば親友だ。
16
彼女の家も老舗和菓子屋の娘で、お見合いの話もいくつかあるらし
い。美咲は大学進学が決まっているため、結婚は大学卒業後だが、
両親がいい相手を見つけようと今からお見合いの話をもってくるの
だとか。
お互い大変だねと笑いあう。。
﹁そのダサいメガネ、家でもちゃんとつけておくんだよ!素顔可愛
いんだから、すぐ食べられちゃうよ!!﹂
﹁いくら五十嵐さんでも人間は食べないよ﹂
呆れたように言う鈴華に﹁そういう意味じゃないって!﹂と美咲は
突っ込む。
鈴華は自分でもダサいと思うメガネをずりあげる。小学生の時に作
ったフレームだ。あまりデザインなどに頓着しなかったので、。
フレームなど買い換えればいいのだが、今までは見えればデザイン
なんてどうでもいいと思っていたため、未だこのメガネを使い続け
ている。
美咲に言われ、徹にこのメガネを見られるのが急に恥ずかしくなっ
た。
今度時間がある時に、新しいメガネを見に行ってみようと鈴華は思
った。
﹁ところで美咲、何で今日はこんなに早い登校なの?﹂
普段は遅刻ギリギリの美咲がこんなに早く教室にいるなんて珍しい。
﹁補修∼!この前の小テスト最悪だったから、先生に朝勉強させら
れてたの﹂
美咲らしいと鈴華は思った。
17
﹁次は頑張って!﹂
美咲を励ましつつ、携帯に目をやるが、メールや電話はかかってこ
なかった。
18
5︵前書き︶
この章は無理やりの性表現があります。私自身も苦手なので、短く
書いておりますが、こういったシーンが苦手な方は戻るボタンを押
してください。
19
5
﹁夕飯を用意して待ってる﹂ねぇ。。。
10日目になるメールを読みながら、徹はため息をついた。
内容はほとんど一緒。ほぼ同じ時間にメールが入ってくる。
そろそろ親に泣きついて、この結婚が嫌だったといいそうなものだ
が、メール文はいたってシンプルで、何を考えているのか読めない。
﹁健気だねぇ。いい奥さんアピールかな?﹂
修二が隣でくすくす笑う。
﹁本当に料理ができるのか?﹂
徹は嫌味っぽく吐き捨てる。
﹁大方有名シェフに作らせた料理を皿に盛っただけとか。はたまた
とんでもないゲテモノか。お前のとこのキッチン燃えてなくなって
ないか?﹂
修二がちゃかす。
﹁あんまりからかうな、ますます帰りたくなくなる﹂
﹁ってことは、帰る気はあるんだな。いよいよ初対面か﹂と修二は
面白そうだ。
﹁ずっとこのままってわけにはいかないからな﹂
徹はタバコの煙を思い切り吸って吐き出す。
﹁じゃあ、景気づけに今日は飲みにいきますか﹂
修二の意見に賛同し、仕事を早めに切り上げると、久々に飲みに繰
り出した。
20
メールを送って1週間以上すぎた。
やはり返事はなかった。
嫌でも気がついてしまう、徹はここに帰ってきたくないのだ。
自分は無視をされている。
どうしたらいいのだろう。
ここを出て、実家に戻れば父親や会社に迷惑がかかる。しかしこの
ままでは、徹はいつまでも帰ってこられない。
何が得策かわからない。男性と付き合うどころか、話をした経験す
らまともにない。
家の事情もからんでいる。
鈴華がいくら考えても答えは出なかった。
一度でも話ができれば、何か良い策が見つかるかもしれない。
鈴華は今日こそ帰ってきてほしいという願いを込めて、徹へメール
を送った。
煩わせたくないため、送ったメールの内容はいつもとあまり変わら
ない。
もっと気の利いたこと言えたらいいのに、と鈴華はため息をつくと
キッチンに立ち、夕食の準備を始めた。
21
飲みすぎた。
足元がふらつく経験なんて、いつ振りだろうか。学生時代以来かも
しれない。
徹はタバコの煙を肺に吸い込んだ。
﹁お前、今日結構飲んでるよな?次の日に堪えるし、そろそろ切り
上げようぜ﹂
修二がそういうと会計を済ませ、外に出た。
タクシーを捕まえてる間、今日は家に帰らないといけないと思うと
気分が悪くなり、その場に座り込む。
修二が大丈夫かと良いながら、脇を抱えてタクシーに乗せてくれる。
﹁くそ!なんで俺がこんな目に﹂
自分の家に帰れないのもあの女が居座ってるせいだと心の中で悪態
をつく。
タクシーを降りた時はかなり酔いも回って、修二の助けなしには玄
関にすらたどり着けない状態だった。
﹁おい、鍵どこだ?﹂
という修二の問いかけにポケットを探るが、鍵を会社の引き出しに
入れっぱなしにしたことを思い出し
﹁・・・忘れた﹂と修二に告げる。
22
しかたねぇなと修二は家のチャイムを鳴らした。
暫くすると鍵を開ける音がし、ドアがゆっくり開く。鈴華がおどお
どと顔を覗かせた。
﹁君が徹の婚約者?ちょっと徹飲みすぎちゃってさ。部あー、屋に
も鍵かかってるよね?リビングに運ぶから、お邪魔するね﹂
修二は鈴華の返事も待たずに部屋にあがり、徹をソファに寝かせた。
﹁あの、五十嵐さん、大丈夫なんでしょうか?お医者様とか・・・﹂
ぐったりと横たわる徹を見て、不安になった鈴華はたずねた。
﹁ただの飲みすぎだから、明日には大丈夫になってるよ﹂
じゃあ、俺はこれで、と修二は玄関に向かった。
﹁明日徹を迎えにくるけど、一応6時には起こしてあげてくれる?
あ、俺、あいつの秘書の秋元修二。よろしくね﹂
と差し出された手を鈴華はとっさに握った。
﹁え・・・・と私は、清川鈴華です﹂
鈴華はそのままお辞儀をした。
そんな名前だったか?と修二は違和感を抱きつつも、タクシーを待
たせてあったので、早々に徹の家を後にした。
修二が去った後、戸締りを確認すると毛布を取ってきて徹にかける。
あの日より、だいぶ男らしくなった徹の顔を見つめる。30歳をす
ぎても綺麗だなんて、うらやましいと鈴華は思った。
酔った人には水を飲ませるといいと以前聞いたことがあるのを思い
出して、コップに水を入れるも、どうやって飲ませたらいいものか
23
と、
ソファーの前でアタフタしていたら、徹と目が合った。
びっくりして後ずさるが、水を手にしていたことを思い出す。それ
を徹に差し出して﹁あ、あの、お水はいかがですか?﹂と尋ねた。
徹はその瞬間眉間にしわを寄せた。
何か怒らせる事を言ってしまったのかと目をそらして考える。自分
がここにいること自体に怒っているのだろうという結論しかでてこ
なかった。
﹁あんたも物好きだよな、そんなに社長夫人になりたい?﹂
冷たい目で問いかけられ、よく理解できないまま下をむく。
﹁ご、ごめんなさい﹂
ここにいることを責めているのであろうことに謝り、自分はやはり
歓迎されていなかったのだと認識して悲しくなった。
歓迎どころか嫌われていたのだ。
﹁大体、会ったこともない男の家に平気で住めること自体、どうな
の?相当なアバズレだな﹂
アバズレという言葉がどういう意味を持つのか、あまり理解はでき
なかったが、いい意味ではないということは明らかだ。
﹁金持ってたら、誰でも良いんだろう?﹂
徹はニヤリと笑って、鈴華の手を引き、自分の部屋以外に唯一ドア
が閉まっている部屋をあける。
鈴華の部屋だ。
布団が敷いてあるのを見ると、そこに鈴華を押し倒し、両手首を掴
んで拘束した。
﹁俺、布団でヤった経験ないし、ちょうどいいよ﹂
と笑うと、乱暴に鈴華のパジャマを脱がせ始めた。
突然のことに鈴華は抵抗しようともがくが、片手で掴まれているに
24
も関わらず、鈴華の両手首はびくともしない。
﹁や・・・・﹂
恐怖が鈴華を襲う。本能が逃げろと警告している。でも逃げられな
い。
涙がこぼれ、体が震える。
﹁おしとやかなフリ?そんなことしなくてもいいのに﹂
徹の言葉も耳に入らないくらい、鈴華は恐怖で何も考えられなくな
っていた。
自分の体を這う徹の手が思考を止める。
徹はネクタイを取ると、鈴華の口にそれをねじ込んだ。
﹁慣れてるんだろ?あんまり喘がれると萎えるから。それに、こう
いうのも新鮮でいいんじゃない?﹂
徹はククッと笑い、鈴華から下着もすべて剥ぎ取ってしまう。
鈴華はぎゅっと目をつぶった。
その瞬間足を開かされ、何も準備ができていない体に、徹が無理や
り入り込んでくる。
痛みと恐怖に体をのけぞらせるも、徹は容赦なく押し入り、痛みは
増すばかりだ。
泣き叫ぶこともできず、逃げ出すこともできず、ただ痛みに耐える
しかなかった。
容赦なく突き上げる徹の動きについていけず、とうとう鈴華は意識
を手放した。
徹も思いのほか気持ちが高ぶりすぐに果て、酒の力もあり、そのま
ま意識をなくした。
25
6
外から聞こえてくる鳥の声で目が覚める。ゆっくり目を開けると、
まだ薄暗い。時計を探るもいつもの場所に時計が見当たらない。
けだるい体を起こし、見回すと見えたのは5時45分をさす見慣れ
ない壁掛け時計と、ハンガーにきちんとかけられた有名女子校の制
服だった。
徹のマンションからさほど遠くないところにあるため、この制服は
よく見かける。
なんで制服が・・・・
記憶を手繰り寄せ、はっと気がつき横をみると、布団もかけられず
浅く呼吸をする女、いや、まだ幼さの残る少女の姿があった。
手首には自分が拘束したときについたのであろう痣が痛々しい。体
中のキスマークがいやに赤黒く、白い肌にくっきりと残っていた。
シーツには多くはないが血がついているのが見える。
徹は昨夜の蛮行を思い出し、頭を抱えた。
クソ!と叫ぶと、まずは少女に布団をかけ、キッチンへ向かう。適
当なバケツにお湯を汲み、タオルを濡らし、
少女の元へ戻るとその体を清めた。
取り合ず、少女の部屋を探るわけにもいかなかったので、無理やり
鍵を壊して自室をあけ着替えを取ると、少女に着せる。
心なしか熱があるようだ。体が熱い。
徹はそのまま少女の華奢な体を抱き上げると、自室のベッドへ寝か
せ布団をかけた。
自分が少女をレイプ同然に犯したことは覚えている。
しかし、彼女は清川麗華なのか。調査書と違い明らかに処女だし、
26
第一どう見ても27歳には見えない。
なぜ昨日の時点で気がつかなかったのか、後悔しても遅い。
何が何だか、徹の頭の中はひどく混乱していた。
まずはシャワーを浴び、着替えを済ますと自分を落ち着かせるため
にタバコに火をつけると、父親に電話をかけた。
現社長の父が、この時間に起きていないはずがない。
数回の呼び出し音の後、五十嵐勝は電話に出た。
そこで聞いていた麗華と昨日初めて会った麗華に相違点があるとい
うことを告げると、勝は徹にとって驚愕な事実を告げる。
この少女は麗華の妹の鈴華であり、今度の春高校を卒業予定の18
歳。
﹁お前が俺を無視するからだろう﹂と昨晩、鈴華に行った非道を知
らない勝は大笑いした。
徹はなんと言って勝との電話を切ったか覚えてないが、その次すぐ
修二に電話をした。
幼馴染である修二はいきなり今日仕事を休みたいという徹の態度を
不審に思い、洗いざらい聞きだした。
すべてを話し終えた徹に、﹁お前は馬鹿か!相手が麗華でも犯罪だ
ぞ!﹂と怒鳴りちらし、医者をしている姉を自宅に行かせると言い、
電話を切った。
修二達が来るまで、まだ時間がある。
徹は自室に寝かせた鈴華の様子を見に、部屋に足を踏み入れた。
先ほどより苦しそうに息をしている。
頬をさわると、明らかに先ほどより熱が上がっているようだ。
27
徹は氷を袋につめると、タオルに巻き、鈴華の額にそっと置いた。
すると、うっすらと鈴華の目が開き、徹と目があった。
びっくりしたように、鈴華の目が見開かれた瞬間、鈴華は起き上が
ろうと、体を起こしたが下半身が痛むのか顔をゆがめた。
﹁すまない、昨日はひどいことをした。知らなかったんだ、君が清
川麗華の妹だって・・・てっきり﹂
﹁そう・・・ですか﹂
鈴華は複雑な気持ちで徹の言葉をきいていた。
﹁あなたが結婚したくないと知らなかったのです。もしそうだと知
っていたら、私からお父様にお話して早くに結婚の話を破棄するこ
ともできましたのに。﹂
鈴華は言った。
﹁いいえ、あなたはきちんと私と会いたくないという意思表示をし
ていました。私が・・・ただ、あなたに会いたくて、気づかないフ
リをして・・・・・ごめんなさい﹂
鈴華は徹に頭を下げた。
﹁謝るのは俺のほうだ、君にひどいことをした。どんなに時間をか
けても償うよ。君が望むなら、責任をとって結婚もする﹂
鈴華は徹の言葉に首を横に振った。
﹁やっぱり、結婚は好きな人とするべきです。2人とも結婚する意
志がないのだし、お互いの親を説得すればきっと大丈夫だと思うの
です。
会社は私たちが結婚しなくても合併してお互い協力し合っていける
と思います﹂
ね?と鈴華は徹に微笑んだ。
徹はしばらく鈴華を見つめていた。納得できないと言った表情だ。
28
﹁責任とおっしゃるなら、会社同士がうまくいくよう、五十嵐さん
が社長になった時、に私のお父様の会社へ手を回してください﹂
徹を気遣って明るく言う鈴華に、善処しようと徹は答えた。
あ、っと鈴華は時計を見ながら言った。時刻は8時半。そろそろ授
業が始まる頃だ。体の節々が痛く、だるさが抜けない。。
こんな状態では今日は学校にも行けないだろう。
﹁学校に電話しなくちゃ﹂
ベッドから立とうとする鈴華を制止して、携帯の場所を聞くと、徹
は鈴華の携帯を持ってきた。
ベッドの中から電話をかける。
普通であれば、親からの連絡でないと不審がられるものだが、1年
生から地味&真面目でやってきた鈴華だ。学校側も信頼して、欠席
を受け入れた。
しかし、担任から﹁清川さん、皆勤賞だったのよ﹂という言葉を聞
いて、少し悲しくなった。
そういえば、今まで高校生活で欠席をしたことがなかった。
大したことじゃない。しかし、卒業まで数ヶ月。少し勿体無い様な
気がした。
﹁大丈夫か?﹂
そばにいた徹に問われ、頷く。
﹁休んだこと、なかったんだな﹂
すまない、と徹はまた謝った。
﹁いいえ、たまたまです。意識していたわけではなかったので、気
にしないでください﹂
と微笑んだ。
﹁すみません、少しめまいがするので、休んでも良いですか?自分
29
の部屋に戻ります﹂
立ち上がろうとする鈴華に﹁ここにいろ﹂と無理やり寝かせる。
でもと言う鈴華に大丈夫だと言うと、玄関のチャイムが鳴った。
﹁熱があるんだから寝ていろ﹂
と言うと、徹は玄関に向かった。
30
7
ドアを開けると修二と修二の姉である沢田百合子が立っていた。﹃
沢田﹄は百合子が結婚した相手の姓だ。年が少し離れているため、
徹とはあまり会うことはなかったが面識はある。
﹁彼女、大丈夫か?﹂
まだ熱があると言うと、修二と百合子は靴を脱いであがった。
﹁俺の部屋にいる﹂
と百合子を部屋まで案内した。
﹁大体事情は聞いてるから﹂
と百合子はいい、鈴華のいる部屋の中へ入っていった。
突然入ってきた女性に鈴華はびっくりした。
﹁ごめんなさいね、私は修二の姉の百合子よ、医者なの。あなたの
様子を見るように頼まれたのだけど、体に触るのは大丈夫?﹂
百合子は優しく鈴華に言った。
鈴華は百合子があまりにも美人なので緊張してしまい、首を縦にふ
る以外できなかった。
﹁痛かったらすぐに言ってね﹂
と布団をめくり触診をし始めた。
﹁出血も止まってるし、大丈夫だと思うんだけど、もし数日経って
31
も痛みがひかない場合は電話して頂戴﹂
と百合子は名刺を手渡した。
﹁修二を通さなくても良いわ﹂
とにっこり微笑まれ、鈴華は思わず顔を赤くして﹁はい﹂と返事を
した。
﹁熱さましと、念のため避妊のピルをあげるからこちらは飲みきっ
てね﹂
薬を手渡され、先ほど徹が持ってきてくれていた水で薬を飲む。
それを見届けると、百合子はしばらくゆっくりしなさいと言い、部
屋を出て行った。
熱のせいもあり、鈴華はすぐに眠りに着いた。
百合子は部屋を出た後、2人が待つリビングへ行った。
すぐに徹が様子を尋ねた。
﹁体は心配ないと思うわ。熱さましも飲んだから、風邪ではないし
すぐに引くと思うの。心配していたのは、レイプによる精神的ダメ
ージだけど、今のところは心配ないみたいね。ただ、それは彼女が
性交渉に対して知識がなさすぎるせいなのか、大人びているせいな
のか。
もう一度同じ状況になったら、パニックを起こすかも。結婚するの
か知らないけど、あんなひどいこと、二度としないで頂戴。診察し
てて、ムカムカしたわ﹂
百合子はそのまま鞄を手にして玄関に向かう。
修二が後を追って、見送りに出て行った。
徹はソファに座り込みまた頭を抱えた。
高校生の何も知らなかった少女をレイプしておいて、婚約破棄など
32
できるわけがない。しかし、彼女にも結婚する気はなさそうだ。
本来ならこのまま結婚の話を進めるのが望ましい。しかし、彼女の
意思も尊重しなくては。
﹁お前らしくないな﹂
戻ってきた修二は徹に言う。
﹁時間がなかったから、調べ切れてないけど、麗華と違って鈴華は
幼稚舎からS女学園に通う深窓のお嬢様だ。清川氏が大事に育てて
きたんだろう。麗華も大事にされていたが、あちらは甘やかされす
ぎてアバズレになり、こちらはそのまま素直に成長﹂
修二はタバコに火をつける。
﹁そんな子の処女を同意なしに奪っておいて、返品は不可能だろう
な。あの子はなんて言っているんだ?﹂
修二は徹に問いかけた。
﹁できればこの結婚の話はなしにしたいようだった。彼女も親に言
われて渋々承諾して来たんだろう﹂
徹は深いため息をついた。
もう一度、彼女の体調が回復したら話してみる、と徹は言った。
33
8
丸2日、鈴華はベッドから動けなかった。
熱が上がったり下がったりと、体もだるかったせいもある。
学校を休んで3日目。
ようやく立ち上がれるようになったので、時間を掛けてゆっくり湯
船につかり、部屋着に着替えた。
布団のシーツは徹が洗濯してくれたのか、綺麗に整っていた。
仕事に行っている徹にメールでありがとうと伝え、今夜は夕食を作
ると付け加えて送信をした。
暫くすると徹から﹁8時には帰るようにする﹂という返信が届く。
初めて返信をもらったことで、顔がほころんだ。
買い物には行けないが、ある材料で美味しいものをたくさん作ろう
と、昼を過ぎたあたりから鈴華は準備をはじめた。
8時少し前に玄関で鍵の開く音がした。
鈴華は小走りで、玄関へ向かう。
﹁お、お帰りなさい﹂
鈴華が言うと、徹が照れたように﹁ただいま﹂と返す。鈴華はそれ
だけで嬉しかった。
料理は準備万端だ。
部屋着に着替えた徹の前に、作りすぎなくらいの料理が並ぶ。
﹁これ、全部作ったのか?﹂
鈴華は頷く。
34
﹁料理だけは得意なんです﹂
たくさん食べてくださいね!と鈴華は料理をすすめた。
徹は一口、里芋の煮物を口に入れる。
薄めだがだしがきいていて、里芋の味が口に広がる。
﹁うまい﹂と徹は自然に口に出した。
よかった、と鈴華もうれしそうに料理に箸をつける。
体調を気遣って皿洗いをかって出た徹と押し問答が続き、結局鈴華
は風呂場へ押しやられてしまった。
徹が仕事から帰ってからすぐ入れるようにと準備をしていたのに、
結局自分が一番風呂に入ることを少し申し訳ないと思いつつ、ゆっ
くりとお湯に浸かる。
初めての2人揃っての食卓。
このままうまくやっていけるのだろうか。
しかし、徹は鈴華を乱暴に抱いた翌日、この結婚に乗り気ではなか
ったと、勝手に進められた話だと言っていた。
やはり双方の会社が軌道になり始めたら、この婚約も解消するのだ
ろう。それまでは、一緒に過ごさなくてはいけない。
鈴華は自分の手首に残る、徹に掴まれたときにできた痣を見つめる。
数日たって色は薄れたが、まだくっきりと残るその痕にあの夜の恐
怖がよみがえり、体が自然と震えてくる。
徹が本当は優しい人だとわかっている。ただ、あの夜の行為をまた
求められたらと思うと怖くて仕方がない。
35
話には聞いていた。
授業でも性教育のことに関して学んだし、クラスメイトが彼との初
体験を嬉しそうに話すのをきいたこともあった。
初めては痛いという。事実かなりの痛みを伴った。
なぜあんなこと、またしたいと思えるのだろうか。なぜ友人たちは
嬉しそうにしていられたのだろうか。
今の自分はあの夜のことを幸せそうに語ることなんてとてもできそ
うにない。
性に関して教科書以外の知識があまりない鈴華には、いくら考えて
も理解できないことであった。
考えすぎてすっかり逆上せてしまった鈴華は、少しぬるめのシャワ
ーを浴びてから浴室をでた。
くらくらする頭を振り、パジャマに着替えリビングに戻ると、徹が
テーブルに書類を広げていた。会社から持ってきたのだろう。
﹁長湯してしまってすみません。あの、お次どうぞ﹂
徹はああと返事をして、書類から目をあげる。
﹁顔が赤いけど、大丈夫か?﹂
長い事湯船に浸かっていたせいで、顔が赤くなってしまったらしい。
﹁はい、少し逆上せたみたいです。もう横になりますね、お仕事頑
張ってください﹂
リビングを去ろうとする鈴華の腕を徹はとっさに掴み
﹁水でも飲んだほうがいいんじゃないか?フラフラしてるぞ?﹂
と言う。
36
その瞬間、鈴華の体が震えだした。
﹁おい、大丈夫か?また具合でも悪いのか﹂
顔を覗き込まれた鈴華の体がびくっと震えた。
﹁す・・・・すみません﹂
鈴華は謝りながら、体の震えを自分でもどうすることもできず泣き
そうになった。
そこで徹ははっと気づき、掴んでいた腕を放した。
﹁すまない、思い出させたか・・・﹂
徹は静かにため息をついた。
鈴華は首を横に振りながら、すみませんと謝る。しかし、体の震え
はとまりそうにない。
﹁もう、ああいうことはしないから・・・って言っても信用できな
いよな﹂
徹はその場で頭を抱えた。
﹁こんな時に話す話題じゃないけど、この婚約話を今すぐ破棄には
できない。会社も関わっている。でも、こんな奴と結婚なんてした
くないだろうし、
しばらく辛抱してくれたら、何か策を考えてゆくゆくは結婚の話も
白紙に戻すよう努力するよ﹂
徹は鈴華に言い聞かせるようにゆっくりと言った。
﹁それまで、俺の顔も見たくないと言うなら暫くは会社に泊まる。
修二のところに行ってもいいし。このマンションを好きに使ってい
い﹂
ごめんな、と言う徹に鈴華は思い切り頭を横に振った。
﹁ち、違います!五十嵐さんは優しいです。わかっているんです。
今のは、体が勝手に・・・﹂
そう言って泣き出す鈴華の頭を、徹はポンポンとなでた。
37
手から徹のぬくもりを感じて、涙が更にあふれ出す。
﹁・・・私、頑張ります!五十嵐さんにとって私は、まだ子供で・・
・この前のも、痛くて、怖いばっかりで、全然うまくできなかった
し﹂
鈴華はクラスメイトが話していた初体験の様子と自分のものが違っ
ているのは、自身に問題があると思い込み、泣きじゃくる。
﹁私、もっと勉強します。もしこのまま結婚することになっても、
五十嵐さんが満足できるように・・・・﹂
と、言う鈴華の言葉に、徹は考える。
﹁・・・ん?頑張るって、家事のこと?それとも・・・ベッドでっ
てこと?﹂
してはいけない想像をしてしまいそうになり、徹は思い切って聞く。
徹の問いかけに鈴華は﹁両方です!﹂と真面目に答える。
徹は鈴華の真剣な様子に、思わず噴出した。
﹁いや・・・痛くて怖くて当然だよ。無理にした俺が完全に悪い。
お前が悪いところなんてひとつもないぞ﹂
だからそんなに泣くな、と徹は鈴華の華奢な体を優しく引き寄せて、
背中をさする。
なかなか涙の止まらない鈴華に徹はもうひとつ質問をしてみる。
﹁・・・それと・・・俺をベッドで満足させる勉強って、どうする
の?ちょっと気になるんだけど、どんな方法で?﹂
エロい本でも買いに行くの?それともDVD?
38
と笑いを噛み締めながら聞く徹に、鈴華の顔が真っ赤になった。
﹁い、一から教えてくれるDVDがあるのは知りませんでした。今
度買いに行ってきます﹂
顔を真っ赤にさせたまま、真面目に言う鈴華にとうとう我慢できな
くなった徹は笑いだした。
﹁あー腹痛い、そんなDVDないよ。本当面白いな﹂
自分は真剣に考えているのに、そんなに笑わなくてもいいじゃない
かと、鈴華は少し頬を膨らます。
すっかり涙が止まってしまった鈴華を見て、徹は少し安心した。
﹁お前はそんな勉強しなくていい。間違っても他の男に聞きに行く
なよ。もっとひどい目に合うぞ﹂
じゃあどうしたら、と悩む鈴華に徹は言った。
﹁本当に勉強したくなったら、俺が教えてやる。今度は絶対痛くし
ない。約束だ。でも、そんな勉強無理してすることないぞ。
お前は今のままでいい。本当に好きになった奴に、教えてもらえ﹂
な?と微笑む徹に、鈴華の胸はぎゅっと苦しくなった。
徹に促されて、自室に入る。
ベッドに入ってもなんだか胸がドキドキして眠れないと思ったが、
いつの間にか鈴華は深い眠りへと落ちて行った。
39
8︵後書き︶
前回の話が思ったより短かったので、もうひとつUPしました。
今時こんな初心な子いるんでしょうか?フィクションの醍醐味です
ね。
40
9
次の日、学校に行った鈴華を待っていたのは、美咲の質問攻めだっ
た。
今まで高校を休んだことがなかったのに、いきなり3日もの欠席。
どうしたのかと心配だったのだ。
親友に徹との事を言おうか迷ったが、やはり口に出すのは憚られて、
﹁ただ風邪をこじらせただけだ﹂と言った。
結婚話や、なれない相手との同居に疲れが出たみたいだと言う言葉
を信じたらしい美咲に、胸をなでおろした。
﹁鈴みたいに初心な女の子が30超えたおっさんと同棲なんてスト
レスたまりまくりよね。嫌だったらお父さんに泣きつけばいいのよ
!きっと何とかしてくれるはずよ﹂
と美咲は真剣に言う。
鈴華はそんな美咲を必死に大丈夫という言葉でなだめ続けた。
30過ぎたおっさん。
徹は確か33歳だが、まだ20代でも通るくらい若々しく、男の人
なのにとても綺麗だと鈴華は思った。
前に一度会ったときはもっと若かったため、一瞬女の人かと思うほ
ど綺麗だった。
しかし今は男らしいのに色気もあり、きっとたくさんの女性達から
声をかけられているであろう。そう思うと鈴華は無意識にため息が
でた。
政略結婚の話でもなければ、目に止まることさえなかっただろう。
41
徹は何とかこの婚約を白紙に戻す方向で考えているようだし、そう
なったら側に近寄ることすらできなくなる。
そう考えると目頭が熱くなった。
ふと、この感情はなんなのだろうかと思う。
恋、なのだろうか。
徹に頭を撫でられるとドキドキする。思い出すだけで、顔が熱くな
る。
もっと微笑んでもらいたい、もっと見つめられたいと次々に感情が
あふれ出す。
これはきっと恋、なのだろう。
自覚し出すとますますドキドキする。
もしこの気持ちを伝えたら、結婚の話も継続されるのだろうか。
そう考えて頭をふる。
どう考えてもありえない。
徹も当初からこの結婚は無理やり話が進んだもので、乗り気でなか
ったのに、まして相手がこんな子供ではどうにかして婚約を破棄す
る方向で動くだろう。
いくら鈴華が好きだと伝えたところで、迷惑になるだけだ。相手に
気持ちがないのに結婚しても意味がないことくらいわかっている。
鈴華は努めて冷静に考えた。
すぐ先の別々の未来を悲しむより、今一緒にいられる時間を大事に
しよう。
婚約が破棄されてしまったら、もう二度と会うこともないのだから。
42
鈴華は携帯を手にとり、メールを作成する。相手は徹だ。今日も夕
飯を作って待っていると、シンプルなメールを送信し、小さく息を
吐いた。
徹は修二が読み上げる午後から変更されたスケジュールを聞きなが
ら、考え込んでいた。
鈴華のことだ。
今まで特定の恋人を作らず遊びまわっていた。
自分が好きになった相手とだけ結婚するというわけには行かない。
家や会社が絡んでくる。それがわかっていて、恋だの愛だの極力避
けていたのだ。
政略結婚なんて時代遅れだとわかっていても、やはり会社の将来を
背負う身としては、結婚する相手も愛だけで選ぶことはできない。
当初、この話の中で結婚相手は麗華だと聞かされていた。
なので彼女の経歴を調べ、こんな女と結婚するのかと一時は父親に
抗った。
しかし、話がどう進んだのか、いつの間にか婚約者は鈴華にかわっ
ていた。
18歳と若いが、料理もできるし、家柄はもちろん性格も申し分な
い。本人は地味だと思っているようだが、目鼻立ちははっきりして
43
いるし、
数年たち、化粧の仕方も覚えれば見違えるであろう。
世間を知らなさ過ぎるが、結婚すれば自分をたて、尽くしてくれる
だろう。
彼女との結婚話を進めれば丸く収まるし、彼女の性格上、嫌とは言
えないはずだ。
しかし、無理やり処女を奪ってしまった罪悪感からだろうか。鈴華
と接していると、彼女には普通の幸せを手に入れてほしいと想う。
好きになった男と、会社や親戚関係のしがらみの一切ない場所で。
そう考えたところで、急に胸が締め付けられて、徹は顔をゆがめた。
他の男と・・・・
それが彼女の幸せだと思っていも、手放したくないと考える自分も
いる。
なんなのだろうか。独占欲?抱いてしまったから執着しているのか。
徹はそっと溜息をつく。
﹁おい、聞いてるのか﹂
修二が徹の顔を覗き込む。
﹁あ、ああ、すまない﹂
聞いていなかった、と徹はタバコの灰を灰皿に落とす。
﹁ったく、しっかりしてくれよ。相手は高校生だぜ?何のぼせてる
んだか﹂
修二はニヤニヤしながら徹をからかった。
﹁の、のぼせてないだろう!別に、彼女のことを考えてたわけじゃ・
44
・・﹂
徹は修二から顔を背ける。
そんな徹に修二は﹁切なそうな顔して、他にどんなこと考えるんだ
よ?﹂と言う。
徹は思わず自分の顔を触る。
修二はその様子を見て、腹を抱えて笑い出した。
﹁30過ぎたおっさんが、高校生相手に恋ですか。百戦錬磨の徹ち
ゃんが苦戦しちゃって、面白すぎるぞ﹂
﹁なっ、いくらなんでも、高校生に本気になるわけないだろう!﹂
からかわれたこともあって、徹は声を荒げた。修二はその瞬間﹁へ
ぇ﹂と意地悪く笑う。
﹁じゃあ、俺、もらってもいい?﹂
﹁は??﹂
徹の声が裏返る。
﹁ご存知のように、次男だけど、俺の家もそこそこだし。お前達が
うまくいってないって事で、俺が求婚すれば
すんなり受け渡してくれるんじゃん?お前にはまた新しい嫁候補が
あてがわれて万事OK!俺、若い子好きだし、あの子よく見ると可
愛いよな。
純情そうだし、一から俺好みに調教するのも楽しそう﹂
と修二は笑う。
徹は修二の言葉に腸が煮えくり返りそうになった。
﹁勝手なことを言うな!お前みたいなチャラチャラした奴に渡せる
か!第一、彼女は俺の・・・・﹂
俺の何だというんだ、と途端に徹は冷静になった。
﹁お前の?何なんだよ?﹂
45
修二はニヤニヤしたまま、挑戦的な目で徹を見やる。
徹は顔が一気に火照るのを感じ、思わず右手で顔を隠す。
﹁好きなら好きでいいんじゃないの?むしろ今は婚約者の立場なん
だし、結婚すればずっとお前のものだぜ﹂
﹁それじゃ、彼女の気持ちはどうなる。俺はこれ以上彼女に無理を
強いたくない﹂
徹は椅子の背もたれに背中を預ける。
﹁情けねぇな。今まで女に困ったことないくせに、高校生一人も振
り向かせられないのかよ﹂
修二はまた笑い出す。
﹁今までの女とは勝手が違うだろうが﹂
イライラした様に徹はまたタバコに火をつける。
﹁十代の女の子なんて﹃愛してる、お前だけだ﹄とかささやけば落
ちるだろう。お前はルックスもいいんだから、それを最大限に活か
せ。
うかうかしてると、横からさらわれるぞ﹂
そう言う修二を徹はギロリとにらみつけるが、そんな反応が面白く
て仕方ないという顔をしている。
するとそこへ徹の携帯が震えた。どうやらメールらしい。
徹の携帯にメールをする人物など1人しかいない。用事のある者は
大抵電話だ。
徹は即座にメールをチェックする。その横顔が一瞬ほころび、すぐ
返信メールを作成する徹に修二は笑いを噛み締め、肩を震わせる。
これで﹁高校生なんか相手にできない﹂と本気で言う徹がおかしく
てたまらない。でかい図体で小さな携帯を握り締めて返信している
姿は、情けないくらい恋する男である。
46
返信を終えた徹は、この話は終わりだと言い、タバコを灰皿に押し
付け、ニヤついている修二を無視して仕事を再開した。
メールの相手はもちろん鈴華。8時には帰ると返信したのだ。なん
としても今日の仕事を終わらせなければならないと、いつもより集
中して仕事に取り掛かった。
47
10
﹁おかえりなさい﹂
鍵を開ける音を聞きつけて、玄関まで来た鈴華にそういわれると、
徹は心が温かくなるのを感じた。
自然と﹁ただいま﹂を口にする。鈴華と生活する前は全くと言って
いいほど使ってなかった言葉だ。
時刻は8時半すぎ。約束の時間は過ぎてしまったが、こんなに早く
に自宅へ帰れることは、いつもならありえない事だ。
鈴華が夕食を準備していると考えると仕事をする手も自然と早まっ
た。
﹁お風呂の準備もできてますけど、どちらが先がいいですか?﹂
その聞き方にまるで新婚夫婦のようだと思い、徹は笑った。
そんな徹の様子を不思議そうに見ていた鈴華に思ったことを伝える
と、鈴華の顔がみるみる赤くなった。
その様子がとても可愛らしく、徹は無意識にその額にキスを落とす。
鈴華の大きな目がさらに見開かれ、それと同時にこれ以上赤くなれ
ないだろうというほど、鈴華の顔が真っ赤になった。
今しがたキスされた額を両手で押さえた瞬間、その場にへたり込ん
でしまった。
徹は焦った。また怖がらせてしまったのかと思い、自身もその場に
ひざをつくと、鈴華の顔を覗き込む。
﹁す、すみません、びっくりして、腰が・・・かくんってなりまし
た﹂
潤んだ目で徹を見つめる。
48
どうやら腰を抜かしたらしい。
額に触れるだけのキスでどうやったら腰を抜かせるのかと、徹はお
かしくてたまらなかった。
もっとからかってやりたくなったが、このまま続けたら気絶しかね
ない勢いだったので、徹は鈴華の頭をなでながら﹁すまなかった﹂
と言った。
﹁立てるか?﹂
と徹は手を差し出す。鈴華がその手を取ると、力強い腕で引っ張り
上げられた。
﹁すみません、夕食準備しますね﹂
鈴華はふらつく足でキッチンへ向かった。
自室で部屋着に着替えた徹は、ダイニングへと向かう。
今日はハンバーグだ。和風の味付けが得意なのだろう。一見洋風の
メニューだが、ソースには大根おろしが使われており、和風ハンバ
ーグがサラダと一緒にプレートに乗せられていた。
テーブルには2人分の食事が並ぶ。
﹁先に食べていて良かったのに。今度から、8時を過ぎるようなら
先に食べていて、待たなくていいから。なるべく早めに帰宅時間を
連絡するよ﹂
席についてから徹は言う。
鈴華は﹁はい﹂と返事をし、いただきます、と言って箸をつけ始め
た。
今日の夕食時も和やかで、少しお互いのことを話し合った。
徹の仕事はどういったことをしているのかや、鈴華の学校での様子
だった。
学校では夏まで生徒会の書記をやっていたときき、﹁そんな感じが
するな﹂と徹は言った。
49
仕事の内容は、鈴華には話しても理解できないであろうから、コン
ピューター関係の業務が主だと言った。
五十嵐コーポレーションは元々、大手工場やビルなどの電気工事の
請負などをしていたが、10年ほど前からIT関連の仕事も始め、
企業などのWebの管理から、プログラミングまで手広くやってい
る。まだまだ成長させていける会社だと徹も思っている。
夕食後の皿洗いをかってでたが、﹁今回は自分がやる﹂と鈴華に風
呂場に追いやられた。
ゆっくりと湯船に体をつけるは、自分ひとりの時ならありえなかっ
た。
仕事を終えてこのマンションに帰るのはいつも深夜だし、そこから
風呂を沸かす気力もなかった。
シャワーだけ浴びて寝る。ひどいときは帰ってベッドに直行、起き
てからシャワーをあびる事もあった。
バランスを考えた食事を提供してくれ、ゆっくりと過ごせる環境も
作ってくれる。なおかつ可愛らしい鈴華を思い出して、思わず笑み
がこぼれる。
毎日こんな生活が続くなら、このまま結婚の話を進めていきたいと
さえ思った。
しかしこれ以上鈴華の気持ちを無視し、傷つけることだけはしたく
ない。
徹は深いため息をつくと、浴槽から出た。
風呂から上がった徹は、冷蔵庫からビールを取り出し、タバコを吸
50
うために自室へ入る。
いつもなら、かまわずどこでも吸う。周りの人間も喫煙者が圧倒的
に多いためである。なので鈴華の側では遠慮していた。
ドアの外で鈴華が呼ぶ声がした。
振り返ると、鈴華が遠慮がちに尋ねる。
﹁あの、お部屋の掃除、五十嵐さんのお部屋以外はしているんです
けど、勝手に入るのはいけないと思って・・・
もしよければ明日から掃除機かけたりしますけど、どうしますか?
もしお嫌でしたら、中には入りません﹂
その言葉に徹は
﹁お願いしてもいいかな?俺、家事得意じゃないし。引っ越してき
たとき、結構埃たまってるとこあっただろう?すまないな。
タバコの灰皿は自分で処分するから、触らなくていいよ﹂
と言う。鈴華は頷くと、風呂場に行くことを告げてその場を去って
いった。
まだ結婚もしていないのに、申し訳ない気がして今度何かお礼を渡
そうと考えたが、今時の女子高生の好みがわからず、しばし考えこ
んでしまった。
51
10︵後書き︶
お待たせ致しました。ラブラブ開始です。王道の王道すぎて、私が
腰を抜かしたいくらいです。でもこのシチュエーションがお好きな
方、絶対にいらっしゃると信じております。
次話も一発、素敵なのをご用意しております。ベタなお話が好きな
方、お付き合いいただけると嬉しいです。
52
11
翌日もオフィスで仕事の合間に、鈴華へのプレゼントのことを考え
た。
アクセサリーなんてつけているところを見たことがないし、そもそ
も初めてのプレゼントが宝石なんて重いだろう。
花は照れくさいし、レストランで食事なんかはどうなのだろうか。
ふと、彼女の経歴は大体把握したものの、好みなどは一切わからな
いことに気がついた。
タバコに火をつけたものの、考えこんでしまったせいで、幾度も吸
うことなく灰となってしまった。
そんな様子を見ていた修二がまた徹をからかう。
﹁なんだよ、オヤジの恋わずらいなんて、見てて恥ずかしいぜ﹂
うるさいという代わりに、徹は修二をぎらりとにらみつける。
﹁今度は何なんだよ?仕事に支障がでるから、早いとこ俺に話して
解決しちまおうぜ﹂
とニヤニヤしている。
どうせ聞きたいだけだろうと思いつつ、修二の方が女性へのプレゼ
ントには詳しそうだと話を切り出した。
﹁俺、知ってるぜ。鈴ちゃん、地味に趣味は読書だけど、女子高生
らしく東京のはずれにあるアミューズメントパークが好きで、友達
と季節ごとにそこに行ったりするって。ご飯系の料理は得意だけど、
お菓子はあまり作らないから、最近はケーキの食べ歩きをして、研
究するのが楽しいって言ってたな。そろそろ、ケーキ作ってくれる
んじゃないか?﹂
なるほどと思いつつ、気がついた。
53
﹁なぜ、お前がそんなにも鈴華の情報を持っているんだ?﹂
しかも鈴ちゃんなんて馴れ馴れしく呼びやがってと心の中で悪態を
つく。
﹁おーおー、恋するオヤジの嫉妬は怖いねぇ。俺、鈴ちゃんとメル
友なんだわ。百合子が前に渡した名刺を見て、律儀にお礼のメール
を送ってきたらしくて。何度かやり取りしたって言っていたから、
俺も混ぜてもらったんだわ﹂
言ってなかったっけ?と修二は意地悪く言う。
﹁聞いてない。しかも鈴華もそんなこと一言も言ってなかったぞ﹂
徹は少し落ち込んだ。
﹁そうなのか?悪いなぁ、今度鈴ちゃんとデートの約束までしちゃ
ったんだよ。うまいケーキ屋に連れてってやるって言ったら、テン
ションあがったみたいで、ハートの絵文字つきメールで是非と返答
が来たぞ﹂
がははと笑う修二に、徹は軽い殺意を抱いた。
﹁女子高生って素直で可愛いよなぁ。婚約解消したら、俺マジで狙
っていい?﹂
徹は無意識に手に持っていた書類を握りつぶす。
﹁解消したら、な﹂
徹は震える拳を握り締めながら、笑顔で修二に答えた。
当然のごとく目は笑っていなかった。
そして、暫くは修二に休みを与えないようにしようと、頭の中で今
後の予定を反芻した。
例のアミューズメントパークのチケットはコンビ二でも買えるらし
く、徹は仕事帰りに立ち寄り、チケットを二枚買った。
帰宅してからそれを鈴華に見せると、一瞬で目が輝く。
54
﹁いつも夕食作ってもらってるから、友達と行ってきたらいい﹂
と徹が言うと、鈴華の顔が少し曇った。
﹁い、五十嵐さんとは一緒に行けませんか?﹂
鈴華は徹を見つめる。
﹁うーん、今とてもじゃないけど一日休みを取れそうにないんだ。
有効期限もあるだろうし、今回は友達と行っておいで。もし休みが
取れそうなときに、今度は一緒に行こう﹂
と頭を撫でながら、子供に言い聞かせるように話した。
鈴華は我侭を言ってしまったと思い、うつむいた。
﹁すみません、お仕事忙しいのに。美咲・・・あ、お友達なんです
けど、その子を誘ってみます﹂
少し寂しそうな鈴華に罪悪感がわいて徹はこう続けた。
﹁ケーキ、好きなんだって?俺いい場所とか知らないけど、もし今
行きたいって思ってるとこがあるなら、今度の週末一緒に行こう。
仕事早めに切り上げるから、夕食も外で食べよう﹂
そう言うと、鈴華はまた目をキラキラさせて頷いた。
この瞬間、徹は修二に勝ったと心の中でガッツポーズをした。
﹁でも、何で私の好きなもの知ってるんですか?﹂
鈴華は不思議そうに言う。
﹁俺の秘書が、メル友だって言ってたけど﹂
鈴華は一瞬首をかしげたあと、ああ!と声を上げ﹁修二さんに聞い
たのですね﹂と言った。
修二さん
その言葉に、徹は顔が引きつるのを自分でも抑えられなかった。
なぜ自分は﹁五十嵐さん﹂で、ただの秘書が﹁修二さん﹂なのか。
55
﹁そうなんです、以前こちらに来て診察をしてくれた百合子さんに
メールを送ったら、修二さんもなぜか私のアドレスを知りたいとお
っしゃってると聞いて・・・百合子さんにアドレスを伝えてもらっ
たら、何回か気を遣ったメールをいただきました。とても気さくな
方ですね﹂
徹と初めて共通の話題を見つけたと思った鈴華は、嬉しくなっては
しゃいだ声を出した。
その声を聞いて、徹はなんだか無性に腹が立った。
なぜ修二の話題でこんなにも嬉しそうにしているのか。
黙り込んでしまった徹の様子に気がついた鈴華は不安になって徹の
顔を覗き込む。
徹はそんな鈴華の頬を親指で撫でると﹁俺の名前は呼んでくれない
の?﹂と聞いた。
﹁い、五十嵐さん?﹂
息がかかるくらい顔を寄せられて、鈴華は少しずつ後ずさるも壁際
に追いやられ、逃げ場を失う。
徹の綺麗な顔がすぐ近くにあるだけで、頭が沸騰しそうになる。
﹁下の名前、知らない?﹂
と尋ねる徹の顔が妙に色っぽいと鈴華は思った。
﹁と、徹さん・・・です﹂と答える。
徹は満足げににっこり笑うと、﹁よくできました﹂と鈴華の唇に触
れるだけのキスをした。
56
唇を離して鈴華の顔を覗き込むと、その瞳に涙がたまり、あっとい
う間に崩壊していく。
その瞬間徹は焦った。また怖がらせてしまったのかと涙が止まらな
い鈴華の体をそっと抱きしめると、ごめんと謝った。
﹁ち、違います、びっくりしたけど、嬉しくて・・・﹂
ファーストキスだったから、と恥ずかしそうに言う鈴華に今度は徹
が驚いた。
﹁は?俺、前にもしなかったっけ?﹂
鈴華はよくわからないと言った表情で徹を見つめている。
あの晩、鈴華を抱いた時、自分はキスすらもしなかったのかと頭を
抱える。
﹁と、徹さんは、キスなんてきっとたくさんしたことがあって、き
っと私とのキスもすぐに忘れてしまうと思うけど・・・私はずっと
大切な思い出にします﹂
涙目で微笑む鈴華を、徹はぎゅっと抱きしめ直した。
もう、だめだ。
好きなんて感情、とっくに超えて、もう離したくないとさえ思う。
きっと自分は鈴華を放してやれない。
57
予習に身が入らない鈴華は、早々に布団に入り、先ほどの徹とのキ
スを思い出しては、ジタバタしていた。
徹はどういうつもりで、自分にキスをしたのか。
大人な徹のことだ、キスなんて大した意味を持たないのかもしれな
い。
それでも、唇に触れたぬくもりと、抱きしめられた腕の感触が鈴華
の心を締め付ける。
いつか婚約も解消しなければいけないのに、こんなに好きになって
どうするのか。でも想いは止められないまま、どんどん加速してい
くのがわかる。
もうこれ以上はダメだと思いつつ、期限付きの恋なら、その間だけ
でもこの想いを大切にしたい。
ただ、別れることになった時笑顔でさよならが言えるのだろうか。
鈴華はいつか来るであろう別れの時を思い、深いため息をついた。
58
12
次の日、学校で美咲にもらったチケットを見せると喜んで一緒に行
くと言った。
いつにしようかという美咲に、最後のテストが終わってからはどう
かと提案した。
このテストが終われば、学校は卒業式までほとんど休みに入る。ど
うせなら平日の空いているときに行こうと美咲は言った。
大体が進路の決まっているので、このテストもあって無いようなも
ので、今も一応テスト前だと言うのに、ピリピリした雰囲気はない。
﹁でもさ、私なんかと一緒に行っていいの?五十嵐さんと一緒にい
けばいいのに﹂
と言う美咲に、仕事が忙しいらしいということを告げると納得した
様子だった。
その話をきっかけに、美咲は鈴華に五十嵐とのことを聞き始めた。
デートはしてるのか。
入籍の話は出ているのか。
式にはもちろん呼んでくれるわよね?とも言われ、苦笑した。
そこで初めて、鈴華はかいつまんで五十嵐との関係を明かした。
お互い結婚する意志がないこと。
落ち着いたら、解消して別々の道を歩む計画をしている。
デートの約束︵ケーキを食べに行く︶は一応したが、それもいつに
なるかわからない。もしかしたら、その約束も果たされないかもし
れない。
そう話す鈴華に、美咲は尋ねる。
59
﹁鈴はそれでいいの?好き、なんだよね?﹂
鈴華はうんと頷く。
﹁でも徹さんがその気も無いのに、一方的に結婚なんてできないよ﹂
鈴華は小さくため息をつく。
その姿に美咲がクスリと笑った。
﹁なんか、すっかり恋する乙女だね!﹂
その言葉に、鈴華は頬を赤く染めた。
﹁全く男っ気のなかった鈴に、いきなり同棲なんて大丈夫かと最初
は心配したけど・・・って言うか今でも心配よ。
でも今は五十嵐さんとの関係も良好みたいだし、ちょっとほっとし
た。それに最近綺麗になったよね?前から可愛いけど、色気が出た
というか・・・何かあった?﹂
と聞く美咲の言葉に、昨晩のキスが思い出されて、顔から湯気が出
そうなくらい熱くなった。
﹁な、な、な、何その反応!絶対何かあったでしょう??言いなさ
いよ!教えて∼!﹂
と美咲もつられて赤くなりながら、鈴華の肩を掴む。
﹁な、何にもないよ!﹂
と言う鈴華に﹁いや、絶対ある!話すまで放さない!﹂と言い、本
当に放してくれない。
仕方なく内緒ね、と昨日キスされたことを告白してしまった。
すると美咲の方が今度は顔を真っ赤にさせて、キャーキャー大騒ぎ。
ここが教室だということを完全に忘れている。
もしこの状況で、本当はキスの前に男女の関係にもなったと言った
ら、大騒ぎで校内中を駆け回りそうな勢いだ。
どんな状況で、どんな風にと根掘り葉掘り聞かれ、大体のことを言
わされてしまった鈴華はもう放課後なんじゃないかと思うほど疲れ
60
きった。
そんな鈴華をよそに、一人大興奮美咲。
﹁私も経験ないし、漫画でしか読んだことないけど、キスするって
事は鈴のこと好きなんじゃないの??﹂
と聞かれても、恋愛漫画すら読んだことのない鈴華にはよくわから
なかった。
さっきの大興奮はどこへやら、2人で考え込んでしまった。
﹁でも、婚約解消を先に言い出したのは徹さんだよ?﹂
と鈴華は言った。
﹁それいつの話よ?同棲始まってすぐでしょう?一緒に住んでいる
うちに恋が芽生えるとか、超漫画みたい!憧れちゃう!﹂
とまた美咲のテンションが浮上する。
﹁﹃私のこと好き?﹄って思い切って聞いちゃえば?﹂
﹁い、嫌だよ!それで﹃そんなわけないだろう﹄ってあの顔で真面
目に言われたら、その先どうやって一緒に暮らしていけばいいのよ﹂
鈴華は机に突っ伏した。
﹁でもさ、いずれ告白くらいはするんでしょう?﹂
うーん、と鈴華は考え込む。
フラれてすっきりしたい気持ちと、面と向かって自分の気持ちを否
定されるなら、このままでいいと思う気持ちがある。
あまりにも真剣に悩みすぎている鈴華を見て、美咲はどう声をかけ
て良いのかわからなくなった。
﹁まぁ、まだ時間はあるし、よく考えてさ。案外なるようになるっ
て!﹂
たぶん、と美咲は付け加えた。
一応励ましたかったのだが、鈴華はもっと考え込んでしまった。
61
12︵後書き︶
ドキドキ小休止。
もう一話できればUPします。
たくさんのコメント、ありがとうございます!全てしっかり読んで
います。
一人一人お返しできないことを申し訳なく思っています。激励・ア
ドバイス等、参考にしながら頑張っていきます!
62
13
それから、徹の仕事が立て込み、家に帰ってこられない日々が続い
た。徹からも合併の話が本格的に進みだし、忙しくなるとは聞いて
いた。
しかし何日も帰ってこないと食事はどうしているのだろうか、体調
は大丈夫なのかと心配になる。
ただ高校生活最後のテスト期間にも入ったので、夕食に力を入れな
くていいのは少し助かっていた。
本来は一緒に食事をすることすら難しかったはずだ。しかし、自分
と夕飯を食べるために無理に帰ってきてくれていたのだと、鈴華は
申し訳ない気分でいた。
なので、体調を気遣う短いメールなどは毎日送ったが、あちらの予
定が立つまでは、夕食の有無を尋ねることをやめた。
テストも終わり、もう授業らしい授業もないので、予習・復習もし
なくていいとなると、手持ち無沙汰にる。
徹からの連絡もないので、今日も帰ってこないのだろうとリビング
でTVをつけてボーっとしていた。
徹は婚約を破棄すると言っていたが、そうなると自分は当初の予定
通り合格していた短大に通うべきなのだろうか。
合格と言っても、付属でエスカレーター式にあがる女子短大。合格
した直後に入学金なども納めているので、両親が届けを出していな
ければまだ有効だろう。
徹との時間が持てたときに、一度聞いておかなくてはと考えながら、
ソファーでウトウトと眠りこんでしまった。
63
夜中の2時を回った頃、徹はようやくタクシーで帰宅できた。
それもこれも、一日休みを取るためだ。
明日は、いやもう日付が変わってしまったので今日になるが、丸々
仕事を休める。
丁度土曜日だし、鈴華と一緒にどこかへ行こうと考えていた。
しかしふと、鈴華の予定を確認していなかったと気がついた。
休みを取ることに必死で、肝心のデートの誘いをしていないなんて
間抜けだと苦笑する。
鈴華に予定があれば仕方ない。なければ食事にでも行こう。
前に言っていたケーキを食べに行くのもいいな、と甘いものが苦手
なくせにそんなことを思う。
鈴華を起こさないように家の鍵を静かに空けて、玄関に入るとTV
の音が聞こえる。
起きているのかとリビングへ急げば、鈴華が座ったまま眠りこけて
いた。
なにも掛けずに、自分がいなかったら朝までこのままだったかもし
れない。
自室から毛布を持ってきて、鈴華にかけるとスーツのまま徹もその
隣に腰掛け、眠っている鈴華を観察する。
あどけない寝顔は18よりもっと幼く見える。こんな少女に心を奪
われているなんて、自分は変態なんじゃないかと思う。
しかし、鈴華の大人びている考え方や、落ち着いた話し方が心地よ
いのだ。
急に触れたくなって、そっと鈴華の頬に触れる。深い眠りについて
いるらしく、ピクリとも動かない。
64
少しだけなら大丈夫かと、鈴華の唇にそっと口付けた。
タバコの香りがして、頭が覚醒していく。今まで周りでタバコを吸
う人がいなかったせいか、この香りをかぐと徹を思い出して胸が苦
しくなる。
苦手だと思っていたが、徹のにおいだと思うと、もっとこの香りに
包まれたいと思ってしまう。
そういえばソファーで寝てしまったなと目をゆっくり開けると、徹
の顔が目の前にあった。
一瞬何が起こってるのかわからなかったが、唇に温かい感触。どう
やらキスされているらしいと気づくと体が硬直した。
徹がその様子に気がついたのか、そっと唇を離し、鈴華の顔を覗き
込む。
﹁すまない、起こしたな﹂
やはりキスなんて、徹にとっては大したことないのだろう。緊張で
固まっている鈴華とは違い、いたって冷静だ。
鈴華は首を横にふった。
﹁すみません、うたた寝してしまいました。お帰りなさい﹂
と言う鈴華の頬にキスをしながら、徹は﹁ただいま﹂と言った。
なんだか心地よくて、もっとしてほしいと思ってしまう。
﹁風邪ひくから、部屋に行って寝たほうがいいぞ﹂
徹は鈴華の頭を撫でながら言う。
鈴華は頷いてソファから立ち上がる。
﹁あ、よかったら温かいお茶でもいれましょうか?お腹すいてます
65
か?﹂
﹁いや、俺のことは気にしないでいい。それより・・・﹂
明日は暇か、と徹は尋ねる。予定を聞くだけなのになぜか緊張して、
ぶっきらぼうになる。
﹁明日・・・今日のことですよね?というか、土曜日も日曜日も予
定は特にありません﹂
と鈴華は答える。
まだデートにも誘っていないのに、徹は自分の顔がニヤけるのを感
じた。
﹁土曜日だ。一日休みがとれたから、外に食事に行こう。ケーキ、
どこ食べに行きたいか考えといてくれよ﹂
照れくさくて早口にそう告げると、おやすみと言い、自室へ戻った。
返事もできないまま、鈴華は徹が部屋に入るまで立ち尽くしていた。
ドアの閉まる音がした瞬間、顔が熱く火照る。
デートに誘われてしまった
もちろん、そんな経験初めてである。
温かいお茶でも飲んでから部屋に戻ろうと思っていたが、そんなこ
とすっかり頭から抜けてしまった。
すぐに自室へ入ると、クローゼットを開けて見る。
美咲に助言を頼もうにも、こんな真夜中に電話するわけにはいかな
い。
次に行きたいケーキのお店は大体検討がついていた。今雑誌にも特
集されている女性に人気のケーキ屋さんだ。
しかし、そのお店で徹が座ってケーキを食べているという図が、ま
66
ったく想像できない。﹃あの店はダメだ﹄と鈴華はブンブンと首を
横に振る。
となると、ケーキのお店も探さなくてはいけない。
何から手をつけていいのやら、ごそごそ小さな部屋の中を動きまわ
っていたら、いつの間にか窓の外が明るくなり始めていた。
67
13︵後書き︶
今日は2話UP.
実は先ほど、この小説を最後まで書き上げました。
あとはじっくりチェックをして、こちらに投稿していきます。最後
まできちんと皆様に提供できると思いますので、安心して読み進め
てください。
今夜もお付き合い、ありがとうございました。
68
14
結局ろくに寝られないまま、朝を迎えた鈴華は、徹がいつ起きてき
ても良いようにキッチンで朝ごはんの下ごしらえをした。
深夜に帰ってきた徹だ。きっと遅くまで寝ているだろうと、もし昼
近くに起きてもブランチとして応用の利くようなメニューにする。
コーヒーメーカーのスイッチをいれ、ゆっくりと落ち始めるコーヒ
ーを見つめる。
結局洋服は、麗華が﹁自分には合わない﹂とろくに着ないまま、鈴
華に押し付けたものの中から選んだ。
麗華が買ったものなので、不用品とはいえ洋服の質は良い。
自分が普段着ているのはとてもレストラン向きではないので、麗華
の奔放な性格に初めて感謝した。
お昼になっても、徹が部屋から出てくる気配がなかった。
せっかくの休日だ、ドアを開けて起こしてしまっては申し訳ない。
もしや、自分の知らない間に仕事が入り、出て行ってしまったので
はないかと思い、玄関に行って徹の靴があることを確認してほっと
した。
なんだか自分がストーカーになったような気がして、急に居心地が
悪くなる。
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最近はろくに家に帰ってこられないほど、会社に詰めて疲れている
はずだ。
やはりこのまま起こさずに、ゆっくり休日を過ごしてもらうのが一
番だ。
レストランなんか行かずとも、豪華な食事を自分で作れば良いでは
ないか。
思い立ったらすぐ行動。鈴華は冷蔵庫の中身を確認すると、頭の中
に夕食のレシピを思い浮かべる。
そして自室に戻り、少し前に調べてあったケーキのレシピも取り出
す。
ケーキの方は自信がないが、失敗したら駅前に買いに行ってしまえ
ばいい。
お出かけ計画を家でゆっくり過ごす計画に変更し、鈴華は準備にと
りかかった。
魚を焼くような良い匂いがして、徹はぱっと目をあける。
時計を見ると4時をさしていた。
携帯を探り、画面をつけるとそこに表示されていたのは16:23。
﹁嘘だろ!?﹂
徹はベッドから飛び起きると、自室のドアを勢いよくあけた。
対面式のキッチンにいた鈴華がびっくりした様子で、徹を見た。
﹁お、おはようございます﹂
とっさに言う。
﹁すまない、寝坊した。起こしてくれればよかったのに﹂
徹はリビングの明るさに目が慣れず、目頭を押さえる。
70
。
﹁昨日も帰りが遅かったですし、今日は休息日ということにしませ
んか?私、いつもにも増して気合を入れて夕飯を作っています﹂
ほら、とフライパンの中で調理されている大きなホタテを見せる。
﹁もし夕食の時間を過ぎても起きてこないようであれば、起こしに
行こうと思っていましたよ﹂
鈴華は笑顔で言うと、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。
﹁お風呂ももう少しで沸きますけど、シャワー先に浴びますか?﹂
鈴華はキッチンから出て、徹の前まで来て言う。
あそこまで夕食の準備をされたら、今更外には食べにいけないし、
今回は鈴華の厚意に甘えることにして風呂場へ向かう。
せっかく休みを取ったのに、鈴華とほとんど一緒に過ごせなくなっ
てしまったことが悔しくて、シャワーだけ浴びて早々に風呂場から
出ことにした。
﹁早かったですね﹂
と言い、鈴華はテーブルにコーヒーを置く。
時刻は5時を回ったところだ。
﹁お腹空いてますか?一応6時を目標に料理をしていたので、少し
待ってもらえれば夕食の準備できますよ﹂
徹より頭2つ分ほど小さい鈴華は徹を見上げるように、上目遣いで
尋ねる。
こういう顔をされると、キスをしたくなる。
しかし、徹はぐっとこらえて、鈴華の頭をやさしく撫でた。
﹁いや、夕食は鈴華の予定通りでいいよ。それより、すまなかった
な。今日はいつも家事をしてくれてるお礼に食事に連れ出したかっ
71
たのに﹂
徹は軽くため息をつく。鈴華は首を横に振って答えた。
﹁住まわせてもらってるのは私ですよ。家事くらいします﹂
﹁学校との両立は大変だろう﹂
徹は言った。
﹁いいえ、もう最後のテストも終わって、学校は週明けから自由登
校になります。そしたらもっとお料理に時間かけられるので、楽し
みにしててくださいね﹂
と笑う。
そして鈴華は﹁そういえば、学校のことなのですけど﹂と結婚の話
が出る前は短大に進学が決まっていたことを明かした。
もしいつかは婚約を解消するつもりなら、自分が進学するのは問題
ないかと聞く。
﹁もちろんだ。今まで気がつかなくてすまなかった。費用もこちら
で出すし、進学の手続きはこちらが全てやるから任せろ﹂
徹がそういうと、鈴華はうれしそうに微笑んで、何度もありがとう
と言った。
この笑顔のためなら、何でもしてやりたいと思った。
よく地位のあるものが愛人に金を費やし、破滅する者がいるが、そ
ういう奴らはこういう気分なのかと変なことを考える。
いや、鈴華は愛人ではなく、今のところ正式な婚約者なのだから、
全く話が違うと徹はこの考えを振り切るために頭を振る。
鈴華は﹁夕食の準備してきますね﹂と言い、キッチンへ戻った。
徹もコーヒーのカップを持って自室に行き、タバコを吸う。
どうしたものだろう。
72
ついこの前まで鬱陶しいと思っていた結婚の話が、今は鈴華だった
ら良いと思っている。いや、鈴華でないと嫌だと。
本気になってもいいのだろうか。
30歳を超えた自分が。しかも出会いは最悪で、ひどいこともした。
少し前も手首を掴んだだけで震えていたし、もう怖がらせるような
ことはしたくない。
そこでふと考える。
キスはそんなに嫌がっているように見えない。と、いうことは、自
分のことを少なくとも嫌ってはいない?嫌いだったら夕飯とかはこ
んなにマメに作らないだろう。
だが、鈴華の性格からすると、嫌いな奴にも優しくしそうなイメー
ジだ。
徹は深く肺に吸い込んだタバコの煙を吐き出す。
鈴華の自分を呼ぶ声に、徹はタバコを消し、ダイニングへと向かっ
た。
73
15
夕食は鈴華が言っていたとおり豪華だった。
ホタテのムニエルに綺麗に盛り付けられたサラダ。アスパラがメイ
ンのグラタンや手作りのスープまであって、どれも手が込んでいる
のがわかる。
徹と鈴華は一緒にテーブルにつくと、いただきます、と言って食べ
始める。
どれに箸をつけても美味しかった。
素直に徹が感想を言うと、鈴華は照れたように笑う。
﹁ケーキも作ったんですけど、お好きですか?﹂
デコレーションする材料と時間がなかったので、チーズケーキにし
たと鈴華は言った。
徹はあまり甘いものは好きではないが、鈴華のケーキなら食べたい
と思う。
﹁ケーキ屋にも一緒に行こうと言っていたのに、ダメになって悪か
った﹂
その言葉に鈴華は首を横に振る。
﹁ケーキは美咲とも行けますし、無理しないでください!あ、そう
いえば、いただいたチケット、どうせなら空いている平日に行こう
と思ってて、週明けに行って来たいのですが、いいですか?﹂
鈴華は壁にかけてあるカレンダーの方を見ながら、徹に尋ねた。
﹁ああ、構わない。また来週も忙しいから。メールしておいてくれ
74
たら、夕食は食べて帰るよ。たぶん、来週も帰ってこられない日が
多いと思うけど・・・﹂
それを聞いた鈴華は寂しそうに頷いた。
順番で風呂に入った後、鈴華は早速ケーキとコーヒーの準備をした。
ケーキは作る機会がなくて今回が初だが、慎重に作ったので出来栄
えは良い。
先ほど味見をしたが、初めてにしては上出来だ。
ソファーに座ってTVを見ていた徹の前にそれらをおくと、鈴華も
徹の隣に腰掛けた。
寄り過ぎないようにと注意して座ったら、ソファーの一番端、ギリ
ギリになってしまった。
﹁なんか、遠くない?﹂
徹はケーキに手をつけながら鈴華に言う。
﹁そ、そうでしょうか??﹂
鈴華は少しだけ腰を浮かせて徹の真横に座る。自分の心臓の音が聞
こえてしまうのではないかと、気が気でなくて、鈴華は下を向いた。
﹁おい、鈴華﹂
急に名前で呼ばれて、反射的に顔を上げれば、その口にケーキを入
れられる。
﹁うまいな、これ﹂
徹は笑顔でフォークを引き抜くと、またケーキをすくって、今度は
自分の口に入れた。
間接キス
75
そもそもキスは何回かしたことあるのだし、気にする必要もない。
徹を見ていれば、まったく意識していないのがわかる。
それなのに鈴華はケーキを咀嚼しながら、徹の持っているフォーク
の行き先が気になって仕方がない。
﹁どうした?顔赤いな﹂
徹は心配そうに顔を覗きこむ。
鈴華はぱっと顔をあげ、大丈夫だと強調する。
﹁あ・・・もしかして、俺が使ったフォークが嫌だった?﹂
徹は気まずそうな顔でフォークを見つめる。
﹁いえ、違います!﹂
鈴華は思い切り否定をした。これ以上誤解されたくない。
﹁ただ、ちょっと恥ずかしくて・・・﹂
と鈴華は火照った顔に手を当てる。
その様子を見ていた徹は、少し考えてから﹁ん、じゃあチーズケー
キ返して﹂と突然に鈴華の唇を奪う。
またキスされてしまった、鈴華が少し冷静になった瞬間、下唇を甘
噛みされ思わず後ずさった。
徹は鈴華の唇を親指で撫でながら、少し寂しそうな、切ない表情で
﹁嫌か?﹂と尋ねる。
ずるい。
そんな顔されたら、嫌だなんて言えない。
鈴華は首を横に振った。
76
嫌なわけがない。どんどん好きになる。これ以上は、ダメなのに。
徹の綺麗な顔がゆっくりと近づいてくる。
キスされる、その瞬間。
ゆっくりと目を閉じて、唇に優しく触れるぬくもりを受け止めた。
どうやって、自分の部屋に帰ってきたのか、思い出せない。
自分の心臓の音が耳のすぐ横で聞こえて、鈴華はその場に座り込ん
だ。
どうしたらいいのだろう。
このままではもう、自分の気持ちを止められなくなる。もうとっく
に止まらない。
婚約が解消されてしまった時に、ちゃんとサヨナラなんて言えなく
なってしまう。
離れなくてはいけない。これ以上好きになる前に。
鈴華は涙をこらえるために息を吸い込み、深く溜息をついた。
77
15︵後書き︶
いい加減、乙女チックな自分の妄想に、恥ずかしすぎて読み返すの
が苦痛になってきました。
これが原稿用紙だったら、破り捨ててるかも。
画面の向こう側で、皆さんに呆れられてることでしょう。あぁ、ど
うしましょう。
78
16
仕事を進める手が軽い。
理由は自分でもわかっている。
最初はあんなに緊張していた鈴華が、自分のキスを自然に受け止め
てくれていた。
それだけで、今まで味わったことのない幸福感に包まれる。
﹁何か、変なフェロモン出てんだけど、大丈夫か?﹂
徹の幸せオーラを感じた修二が尋ねる。
﹁フェロモン?何馬鹿な事言ってるんだ。仕事しろ﹂
そんな修二を徹は手を止めることなく一蹴する。
早く仕事を片付けて、今度休みが取れたら、鈴華をデートに誘いた
い。
そのためにも、一秒でも手を止めることすら煩わしい。
﹁俺たちもう3日も家に帰ってないんだぜ。なのにその機嫌のよさ
は何?鈴ちゃんと良い事でもあったのか?﹂
と聞く修二に﹁さあな﹂と言うが、今まで見たことのないような柔
らかい雰囲気で、修二は飲んでいたコーヒーを噴出しそうになった。
﹁さあな、じゃねえよ!すげー嬉しそうじゃん。なんだよ、2人が
別れたら、マジで鈴ちゃん狙いに行こうと思ってたのに﹂
と修二はオーバーなくらい残念そうな顔をする。
﹁残念だったな。他をあたれ﹂
と言う徹に﹁何があったのか﹂としつこく尋ねる。
﹁なぁ、教えてくれよ。鈴ちゃんともうラブラブしちゃった??あ
79
の鈴ちゃんが徹に積極的に迫ってるとことか、ちょっと想像できな
いんだけど﹂
﹁してねぇよ!鈴華で変な想像するな、アホ!﹂
徹はとうとう作業をやめて怒鳴り散らす。
﹁じゃあなんでそんな幸せオーラ出てんだよ!他に良いことあると
すると・・・って何だ??﹂
﹁お前に関係ないだろうが!﹂
﹁俺は、お前の秘書であり、幼馴染だぞ!お前の全てが知りたい﹂
と興味100%の目で主張する。
﹁気持ちの悪いことを言うな!クビにするぞ!﹂
と徹が言うと、修二は目の端をひくつかせる。
﹁いいのかな、そんなこと言って。俺、超有能だぜ?なんせ、鈴ち
ゃんの進学先の短大にちゃんと連絡とって、春から通えるように手
を回したんだから﹂
ほれ、と机の上からファイルを探し出し、その書類を持ち上げ、得
意げな顔で徹を見る。
﹁・・・そうか、ありがとう﹂
徹はほっとして、今までの勢いを沈め、椅子に深く座る。
﹁だから、教えて。何があったんだよ?﹂
﹁お前、しつこい﹂
徹はうんざりしたようにタバコに火をつける。
﹁じゃあ、鈴ちゃんに電話して直接聞こう。﹃徹が一日中ニヤつい
て、仕事がちっともはかどりません。何かありましたか∼?﹄って﹂
修二は携帯電話を早々に取り出した。
﹁やめろ!ただ・・・キスしただけだ﹂
徹は観念したように白状した。
80
﹁キス??それだけ?﹂
何か文句あるのか、と徹は修二をにらむ。
修二は笑いを堪えるように肩を震わせていたが、耐え切れなくなっ
たのか大笑いし始めた。
﹁中学生かよ!キスで3日も続く仕事を上機嫌でこなせるって、あ
る意味すごいな、鈴ちゃん﹂
だから言いたくなかったんだ、と徹はイライラしたように言う。
﹁もういいだろう?4時からの会議の資料はまとまってるのか?﹂
﹁あー、今からやる﹂
修二はすっかり忘れていたようで、急いで書類を持ってコピー室へ
と走っていった。
徹はその様子に呆れ返る。
少しぼーっとしながら、鈴華のことを考える。
短大へ行けると知ったら喜ぶだろう。
鈴華の控えめな笑顔が思い出されて、思わず顔が緩む。
一応進学の話を鈴華の父親にもしておいたほうがいいだろう。
徹は机の上にある電話の受話器をとった。
携帯の番号を知っているので、そちらにかけるとすぐに鈴華の父親
の隆文につながった。
﹁もしもし、五十嵐徹です。なかなかそちらにご挨拶にいけずに申
し訳ありません﹂
と謝罪し、鈴華の進学のことのついて話を進めようとすると、向こ
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うから衝撃的な話をされた。
﹁こちらも電話をしようと思っていたところだったよ。今鈴華は家
に戻って来ていてね。君との婚約を今すぐ破棄したいと言っている
んだ﹂
は?っと徹の口から言葉とも音とも言えない声が漏れる。
﹁君のお父さん、勝さんに確認したら、君も最初からこの話には乗
り気ではなかったそうだね。そうとは知らず、こちらも勝手に娘を
連れて行って申し訳なかった。
君に迷惑をかけた責任をとって、こちらから合併の話もなかったこ
とにと申し出たんだが、五十嵐さんのご厚意で、取引は続けること
になってね﹂
だから君も、娘との事はなかったことにして、自由にしてくれない
だろうか。
そう言われて、徹の頭は真っ白になる。
﹁なぜですか?彼女は数日前までそんなことは言っていなかったの
に・・・﹂
﹁ずっと考えていたらしいが、会社のこともあって言い出せなかっ
たらしい﹂
すまない、と隆文は続けて謝った。
﹁鈴華さんと話をさせていただけませんか?﹂
徹は必死だった。せめて鈴華の口から真実をききたい。
自分のキスを受け入れてくれたと思ったのは、思い上がりで、本当
は嫌われていたのかもしれない、そう思うと胸が張り裂けてしまい
そうなくらい痛かった。
82
﹁うーん・・・かわってあげたいのだけど、娘は今取り乱していて・
・・部屋からでてこないんだよ﹂
困ったように言う隆文に、徹は﹁すぐにそちらへ行きます﹂と言い
電話を切った。
徹は仕事のことなど忘れ、コートを手にオフィスから出た。
83
16
︵後書き︶
昨夜も熱いコメントの数々、ありがとうございます。
皆様じれったく思っているようで、﹁早く!﹂と言う文字がたくさ
ん散りばめられていました。
一日の終わりの楽しみにしてくださっている方もいらっしゃるよう
で、ドキドキしています。
私の妄想に賛同してくださっている方々の為に、更新頑張ります。
さて、徹君には一度奈落の底へ落ちてもらうことにしましょう。
鈴ちゃんを傷つけておいて、まさかこのままではいられませんよね。
うふ。
84
17
朝起きると、徹の気配がしなかった。
相当早くに仕事へ行ったらしい。
﹃ゆっくり寝ていろ﹂
徹の走り書きをしたメモがテーブルに置いてあった。
その文字さえも愛しくて、胸が痛い。
鈴華は涙を止めることもできないまま、自分の父親に電話をかけた。
﹁お・・・父様、もう・・・・そっちに帰りたいっ・・・・﹂
泣きながら訴える鈴華に、父親の隆文は驚いた。
理由を聞いても、泣いてばかりでろくな答えは帰ってこない。
こんな娘の姿は初めてで、隆文も混乱する。
何かとんでもなくひどい事をされたのではないかと、心配になりす
ぐに自分の秘書に迎えに行かせると言い、電話を切る。
1時間後、徹のマンションへやってきた秘書に荷物を車に運び込ん
でもらい、部屋をあとにした。
鍵は封筒にいれて郵便受けに入れておく。
85
これでもう終わり。
さようなら。
車に乗り込んでも涙は止まらなかった。
自分が思っていた以上に徹のことを好きになってしまったと、今更
気がついた。
秘書の運転する車が家に着くと、隆文が血相をかえて家から飛び出
してきた。
﹁鈴華、大丈夫か?一体何が・・・﹂
鈴華は父親にすがりつく。
﹁五十嵐さんに・・・何かされたのか?﹂
心配そうに覗き込む父親に、鈴華は首を何度も横に振って否定する。
﹁違うんです・・・私がいたら徹さんに迷惑がかかると思って・・・
徹さんは何もしていません。私がもう一緒にいられないのです﹂
隆文は鈴華の説明をきいても、よく理解できなかったが、徹にひど
い扱いをうけたというわけではなさそうで安心をした。
﹁お父様、ごめんなさい。合併の話は、たとえ婚約が破棄されても、
徹さんが何とかしてくれると言っていました。
きっと徹さんなら、会社のために動いてくれます﹂
何度も泣いて謝る鈴華に、隆文は娘に対して申し訳ない気分になっ
た。
86
﹁お父さんこそ、すまないな。鈴華にはたくさん我慢させて。鈴華
に随分甘えていた。会社のことは、お前が心配しなくていい。嫌だ
ったら、いますぐ婚約破棄してくれるよう、五十嵐さんに話す。
それで取引がなくなったからと、つぶれるような会社、父さんは作
ってないぞ﹂
と笑った。
泣くのはやめて、しばらくお母さんとゆっくりするといい。
隆文は鈴華をリビングで待つ妻の春子の所へ連れて行くと、電話を
かけるためその場を離れた。
相手はもちろん、五十嵐勝。
徹の父親であり、五十嵐の全ての実権を握る社長。
今まであんなに泣きじゃくる娘の姿を見たことがなかった。会社の
ためでもあったが、五十嵐と結婚すれば一生不自由のない暮らしを
させてやれると思っていた。
それが娘にとっても、幸せなことだ。これから先どんな男と結婚し
たいと言い出すのか、それを考えれば相手が相手なだけに自分も安
心できた。
しかし人には相性もある。いくら金を持っていたとしても、心が伴
わなければ不幸になるだけだ。
これから五十嵐を敵にまわして、どこまで会社を維持できるかわか
らなかった。しかし、最悪吸収という形で収まれば、社員たちには
さほど被害はないだろう。
自分はどうなるかわからないが。
87
隆文は苦笑して、五十嵐勝の直通の電話番号を押し、呼び出し音を
聞いていた。
結局は秘書につながり、改めてかけ直すという言葉通り、その日の
夜に五十嵐勝と話すことができた。
隆文は辞任も覚悟していたが、相手から言われた言葉に拍子抜けし
た。
結局徹も乗り気ではなく、お互い親同士が先走っていただけなのだ。
それでも一応、こちらから断ったことになるので非礼を詫びる。
勝の方も気に病んでいたのか、これを期に合併の話は継続して進め
て行こうということになり、ほっと胸をなでおろす。
ただのくたびれ儲けであったが、大した被害もなく事を丸く収めら
れた。
安心したせいで、すっかり徹への連絡が頭から抜けており、彼から
電話をもらうまで忘れたことさえ気がつかなかった。
それは鈴華が実家に戻ってから2日後のことであった。
てっきり、婚約破棄の正式な話し合いの電話かと思ったが、話を切
り出した途端、徹は取り乱し鈴華と話したいという。
しかし、実家に戻ってからの鈴華は食事をするのもリビングに下り
てこず、隆文もどうしたらいいものか悩んでいた。
麗華は常に悩みの種なので、容赦なく怒鳴り散らすが、鈴華がこん
なに気落ちしているのは初めてで、自分も鈴華の母親である春子も
打つ手がわからない。
88
簡単に状況を説明すると、徹は﹁すぐ行きます﹂と言って、一方的
に電話を切ってしまった。
その一時間後、インターフォンが鳴って出てみれば、本当に徹が家
の前に立っていて隆文は驚いた。
その顔面は蒼白で、時折パーティーなどで見かけていた自信に満ち
溢れている表情の徹とは別人のようである。
89
17︵後書き︶
鈴ちゃん、家を出るの巻。
次から盛り上げます。皆様のハートに切ない痛みをお届けできるよ
う、頑張ります!で、できるかな・・・。
どんなものも期待しすぎるとつまらないので、﹁しょうがねぇから
読んでやるよ﹂くらいの気持ちでお待ちいただければと思います。
ー追加ー
誤字を訂正いたしました。
実験↓実権
ご指摘ありがとうございました!
もう一点
名前が違っている箇所がありました。今回は誤字が多く申し訳ない
です。
ありがとうございました!
90
18
﹁鈴華に会わせてください﹂
お願いしますと徹は隆文に頭を下げた。
﹁いや、さっきも言ったように、鈴華は部屋に閉じこもったまま、
私達の前にも出てこようとしないんだ﹂
困ったように返すと、徹は﹁失礼します﹂と強引に部屋に上がりこ
む。
リビングにいる鈴華の母親に部屋はどこか聞くと、びっくりしたよ
うに﹁2階の手前の部屋﹂だと言う。
それを聞くと、徹はその部屋の前まで走って行き、鈴華の名前を呼
んだ。
ドアの向こうから気配がする。
﹁鈴華、頼む。ドアを開けてくれ。お前と話がしたい﹂
徹は自分の焦りを隠すように、優しく声をかける。
﹁・・・帰って下さい。お話することなんて・・・ないです﹂
とくぐもった小さな声が聞こえた。
﹁何でだ、俺が・・・嫌いになったのか?﹂
徹はドアに額をよせると、搾り出すように問う。
その問いにいつまでたっても鈴華は答えなかった。
﹁頼むよ、顔を見て話したい﹂
徹は懇願する。
静かな部屋の中から、鈴華のすすり泣く声が聞こえ、徹は急に腹が
たった。
91
﹁何で一人で泣いてるんだ!泣きたいのは俺のほうだろう!!﹂
徹は力いっぱいドアノブを回す。鍵がかかっているので、びくとも
しない。
徹は一歩下がると自分の足をあげ、ノブの部分を思い切り蹴り上げ
た。
そこまで頑丈ではなかったのか、ドアがその一撃で壊れ、ゆっくり
開く。
そこにはベッドに座り、布団をかぶって泣いている鈴華がいた。
﹁・・・・こないでください﹂
徹はその言葉を無視して、鈴華の前に跪く。
﹁なんで、こんなことになった?俺のこと嫌いになったのなら、直
接言ってくれ。でないと俺は・・・・﹂
諦めがつかない、言葉が詰まり徹はそれ以上続けることができなか
った。
諦めなんてつくのだろうか。嫌がられてもずっと、自分の元に閉じ
込めて側に置いておきたいというのに。
鈴華の目から大粒の涙が止めどなくあふれ出す。
丸2日泣き続けてるのに、全く止まる事もない。
﹁ち・・・がいます﹂
徹はその言葉に顔を上げ、鈴華を見上げる。
92
﹁・・・・す・・・き・・・・なんです﹂
その2文字に胸が締め付けられる。
徹は、手の震えを必死におさえながら、鈴華のくしゃくしゃになっ
た髪の毛に指を通す。
﹁・・・いつか、離れなきゃ、いけないのに・・・・どんどん、徹
さんを好きになるのが、怖いんです・・・だからっ﹂
もうこれ以上優しくしないでほしい
そう伝える前に目の前にいる徹に強く抱きしめられた。
﹁なんだよ、それ﹂
徹の抱きしめる腕に力がこもる。
﹁俺だって・・・・お前がこんなに好きなのに・・・﹂
その言葉に、鈴華は大きく目を見開いた。
何で伝わらないんだ、馬鹿
そう言われてまた鈴華の目に涙が溜まる。
﹁言ってくれないと・・・・わかりません﹂
鈴華は抱きしめる徹の腕から抜け出すと、そう主張する。
自分は徹から何も言われていないと、心の中で少しむくれた。
﹁じゃあ、何だよ。30過ぎた俺が、10以上も年の離れたお前に
好きだって泣きすがればいいのか?駄々をこねればずっと側にいて
くれるのかよ?
だったら何回でも言ってやる、俺から二度と離れるな。これ以上別
れるなんて言葉、絶対に受け付けない﹂
徹は強い力でまた鈴華を抱き寄せる。そして耳元でささやく。
93
﹁好きだ﹂
徹のかすれた声が、鈴華の胸をぎゅっとしめつける。
この苦しささえも、愛しい。
鈴華は恐る恐る徹の背中に手を回し、抱きしめ返した。
﹁・・・で、君達はなにをやっているんだ?﹂
押し殺したような声がドアの外から聞こえて2人はそちらを向く。
そこには隆文が拳を震わせて立っていた。
﹁心配して来てみれば・・・痴話喧嘩ならよそでやりなさい!!﹂
あっけに取られる鈴華と徹をよそに、﹁俺はもう会社にいく!﹂と
いう隆文の声と、玄関のドアが激しく閉まる音がした。。
﹁お父さん、2人が仲直りできて嬉しいのよ﹂
ひょっこりドアから、今度は母親の春子が顔を覗かせる。
﹁そ、そうでしょうか﹂
徹は申し訳なさそうに言う。
﹁﹃よそでやりなさい﹄って言われたんだから、今日は鈴華を責任
もって連れて帰ってくださいね。もう喧嘩くらいで戻ってきちゃダ
94
メよ﹂
春子はくすくす笑う。
﹁鈴華が帰ってきてから、ずっと閉じこもったままで、お母さん達
何もしてあげられなかったでしょう。なのに五十嵐さんはものの1
5分で鈴華と元通り。
悔しさもあるのね。父親として、社長の椅子までかけて鈴華を守ろ
うとしたのに、その相手に良いとこ全部持っていかれちゃうんだも
の。
しばらくは放っておいてあげてね﹂
ほらほら、早く行きなさいと春子は2人を急かす。
鈴華はパジャマ姿だと言うのに、着替えの入ったボストンバッグだ
け持たされ、徹とともに外に追いやられてしまった。
徹はドアは弁償しますとだけ言い、鈴華の手を掴むと歩き出した。
タクシーを呼ぼうとすると、隆文の秘書が車を出すと申し出て、そ
のまま徹のマンションまで送ってもらう。
これも隆文の指示によるものだという事に2人が気づくのは、ずっ
とあとの話。
95
18︵後書き︶
徹君へのお仕置き、ぬるかったでしょうか?
﹁早く2人をイチャイチャさせろ!﹂という皆さんの押しに負け、
鈴ちゃんを返してあげました。
︵↓言い訳です。ただの力量不足です、すみません︶
毎日たくさんのコメントありがとうございます!
姉の麗華が徹を奪いに来るのでは??と質問があったのですが、次
の小説を麗華で書き進めているので︵ちゃっかり予告︶、こちらで
は登場を控えます。
麗華の鼻がへし折られる様子が見たい方は、今後もお付き合いくだ
さると嬉しいです。こちらも、なかなか王道です。それしか書けま
せん︵笑︶
96
19
車を降り、マンションのエントランスをくぐる。
部屋に入ると、今まで無言だった徹が口を開く。
﹁もう絶対、どこにも行くなよ﹂
徹は鈴華のあごを指でなぞり、唇にキスをした。
深く深くキスを繰り返す。
鈴華もそれに答えようとするも、初めての舌と舌が触れ合うキスに
息の仕方がわからず苦しくなる。
唇が離されるわずかな時間に息を吸い込んだ。
﹁とおる、さん・・・くるし・・・﹂
そう訴えても、徹は一向にキスをやめる気配もない。
﹁その顔、すごい可愛い・・・﹂
徹も苦しそうにその言葉を吐き出すと、ゆっくりと頬から耳たぶ、
首筋と甘く噛むように口付けをする。
﹁んっ・・・﹂
鈴華はくすぐったくて身をよじるも、徹が逃げることを許さない。
徹の左手がパジャマの裾から入り、鈴華の背中とお腹を優しく撫で
た。
そして徐々に上がってきた徹の手が、鈴華の胸にそっと触れる。
その途端に鈴華は少し怖くなり、ぎゅっと目を閉じた。
体が震えるのを堪えようと、パジャマのズボンを両手で握り締める。
薄目を開ければ、見たこともない切ない表情で、優しく自分の体を
触る徹が視界に入る。
97
もっとこの顔を見ていたい。
だが、初めて会ったときにされた事が脳裏をよぎり、恐怖も同時に
こみ上げてくる。
鈴華の頭は混乱し、どうしたらいいのかわからなかった。
ここで怖いと泣いて、幻滅されてしまうのも嫌だ。
せっかく好きだと言ってもらえたのに。
﹁すまない、怖いよな・・・でも、もう少しだけ・・・触れさせて﹂
徹はそう言うと、直立したまま固まっている鈴華の額や頬、首筋に
キスを落とし、優しく抱きしめた。
徹がもうこれ以上のことはしないとわかり、少しだけ体の緊張がほ
ぐれる。
その瞬間、携帯電話の着信音が聞こえた。
鈴華の携帯だ。
﹁あの、電話が・・・﹂
徹はしばらく名残惜しそうに鈴華を抱きしめていたが、鳴り止まな
い着信音に気持ちもそがれ、鈴華を開放する。
バッグの中で鳴っている携帯電話を見ると、﹃秋元修二﹄の文字。
﹁あの、修二さんなんですけど・・・﹂
その瞬間、徹ははっとして頭を抱える。
﹁4時からの会議・・・忘れた・・・﹂
時刻はもう7時過ぎ。
携帯電話も持たずに出てきてしまった為、今まで気づきもしなかっ
98
た。
徹は鳴り止まない鈴華の携帯を手に取ると、通話ボタンを押す。
﹁すまない、修二﹂
徹は開口一番謝る。
電話口で修二のけたたましい叫び声が聞こえる。
﹁やっぱりお前、鈴ちゃんのとこか!何やってんだよ!せめて居場
所を言ってから居なくなれ!このアホ!﹂
徹は黙って修二の雄たけびを聞き続ける。
﹁何があったか知らないけどな、俺に感謝しろよ!会議はお前の急
病って事で延期、その他の仕事も俺がちゃんと不自然のないように
手を回してやったんだ。
明日からまた暫く家に帰れないと思えよ!﹂
修二は怒りながらも少し得意げだ。
﹁本当に感謝してる、俺も今からそっちに戻る﹂
﹁馬鹿、急病人がすぐ会社に戻ってどうする?今日は家でゆっくり
しろ。俺も帰る。その他細かい仕事は明日お前がやれよ。﹂
徹は額に手を当てて、わかったと頷く。
﹁・・・・今度、何かおごれ﹂
と言う修二。
﹁わかった﹂
と徹は答えた。
﹁今度のボーナスUPだぞ。1.5倍!﹂
﹁・・・わかった・・・﹂
普段から修二は良くやっているし、今度のボーナスはどの道多少の
色はつけるつもりでいた。
﹁俺も休みがほしい!連休だ!﹂
﹁・・・努力しよう﹂
99
﹁鈴ちゃんとデートさせて﹂
﹁・・・・良いと言うと思ってるのか?﹂
修二は電話口でむくれる。
﹁自分ばっかりラブラブでずるい!俺も女子高生と色々なことした
いぞ!﹂
﹁鈴華以外の奴となら、俺は何も言わない﹂
徹は真面目に返す。聞いているとキリがなさそうなので、謝罪とお
礼だけいい、一方的に電話を切った。
﹁大丈夫だったのでしょうか・・・・﹂
通話が終わってすぐ、鈴華は心配そうに尋ねた。
﹁あいつは優秀だからな。うまくやってくれたみたいだ﹂
徹は鈴華に電話を返す。
﹁・・・すみません。私が・・・・﹂
うーん、うなって徹は再び鈴華を抱きしめた。
﹁もういなくなるなよ。何度も仕事さぼれないから﹂
首を縦に思いきり振る鈴華に苦笑い。
﹁今度、不安に思うことがあったらちゃんと言ってくれ。いきなり
爆発されたら、こっちの心臓がもたない﹂
さて、と徹は言い、鈴華のパジャマの乱れを直す。
﹁あんまり刺激的な格好してると、またいたずらしそうだから、風
呂でも入ってこい﹂
鈴華は真っ赤になってうつむく。
﹁でも、徹さんも疲れてるし、先にお風呂どうぞ﹂
﹁いや、俺はコレ﹂
とポケットからタバコを取り出し、鈴華に見せる。
﹁だから先にシャワー浴びて来い。それとも・・・一緒に入る?﹂
100
意地悪な笑みで、からかう徹から、鈴華は思わず体を離した。
ゴンっという鈍い音とともに、鈴華は壁に頭をぶつける。
徹は心配になったが、顔を真っ赤にさせたまま硬直している姿にく
すくすと笑いだす。
鈴華は笑われた恥ずかしさで、一目散に風呂場へ駆け込み、一気に
シャワーを浴びた。
体をタオルで包んだ瞬間、着替えをとり忘れたと気がつき、はっと
するが、風呂場のドアの横に持ってきたボストンバッグを見つけた。
徹が置いてくれたのであろう。
今日のこともそうだが、忙しい中きちんと気を配ってくれる徹に、
少しずつ緊張が解けていくのを感じた。
101
19︵後書き︶
ちょっとラブラブ、結構ジレジレ。大好きなシチュエーションです。
102
20
その日の夕食は出前をとり、待っている間に徹がシャワーを浴びる。
夕食を済ませ、全てひと段落した頃には時計の針は10時半をさし
ていた。
そろそろ自室に行くと言った鈴華ははっとした。
﹁ふ・・・布団がありません﹂
もう徹と会うこともないだろうと全ての荷物を運び出してしまった。
しかし自分が持って戻ってきたものはボストンバッグひとつ。
ソファーで寝かせてもらおうと思った時、徹は言った。
﹁俺のベッドで寝れば?もちろん一緒に﹂
徹の唇が意地悪そうに笑みを作るのを鈴華は見逃せなかった。
﹁で、でも・・・あの・・・﹂
何て答えていいかわからなかった。
徹は鈴華の頭を優しく撫でると髪を一束救い上げその毛先にキスを
落とす。
感覚はないはずなのに、とんでもなく恥ずかしいことをされた気分
になって落ち着かない。
﹁俺が、怖い?﹂
徹は鈴華の髪の毛をもてあそびながら、上目遣いで聞く。
前から徹のことを綺麗だと思っていた。
上目遣いひとつで、ドキドキさせられてしまうのだ。
同じベッドで眠るなんて、目をつぶることはできても朝まで一睡も
103
できそうにない。
﹁嫌がることはしない。でも、信用できないよな﹂
徹は寂しそうにつぶやくと、自分がソファーに寝ると告げ、毛布を
取りに向かう。
自分が恥ずかしがっている間に、勘違いをさせてしまったと鈴華は
焦って徹の後を追う。
﹁おやすみ﹂
徹は鈴華の額に優しくキスをすると、ソファーへと向かった。
とっさに鈴華は徹の背中に抱きついた。
﹁い、一緒に寝たいです!﹂
思ったより大きく響いた自分の声に驚く。
恥ずかしさで、徹の背中に顔をうずめた。
徹は自分の顔が火照るのを感じた。
今鏡を見たら、恥ずかしいくらい真っ赤だろう。
鈴華が背中にぎゅっとまとわりついていて助かったと思った。
この状態でベッドに行っても、手を出せないという事が辛い。
徹は深い溜息をつく。
鈴華はその溜息を聞いて体を離した。怒らせてしまったのかと思い、
徹を見上げる。
﹁そんな顔するな﹂
徹は鈴華の体を軽々抱き上げると、自分の部屋へと連れて行く。
鈴華は突然のことで、頭が回らず抱っこされたままになっていた。
104
﹁お、重いですよ!﹂
﹁鍛えてるわけじゃないけど、お前くらい持ち上げられる﹂
徹は苦笑した。
鈴華の体をゆっくりベッドにおろすと、自分も横になり布団をかけ
る。
もう一度、おやすみと言い、徹は鈴華の頭にキスを落とす。
もっとしてほしい。
ふいにそう思って、鈴華は徹の腕にぎゅっとしがみつく。
﹁お前は・・・なんでこういう時に・・・﹂
いつもは自分から触ってくることすらないのに、よりによってベッ
ドの中でくっついてくるのだ。
しかも、こちらが手を出したら怯えるというオプションつきで。
それに関しては徹が悪いと自覚しているので、文句は言えない。し
かし、この状態は30を過ぎて落ち着いたとはいえ、苦しいものが
ある。
徹はこめかみを指で押さえて自分自身に耐えろと念じる。
﹁鈴華から触ってきたのなら、少しくらい、俺が触っても平気?﹂
そう聞く徹に鈴華はゆっくり頷く。
徹は体重をかけないように、鈴華の顔の横に右手をつき、覆いかぶ
さった。
長身の徹に小柄な鈴華はすっぽり包まれてしまう。
徹は左手を鈴華の手に絡ませると﹁怖くなったら強く握って﹂と言
った。
﹁はい﹂
105
そう言って鈴華は静かにまぶたを閉じる。
目の前に徹の吐息を感じた瞬間、唇に温かいものが触れる。
少しだけあいた鈴華の唇から、徹の舌が入り込むと、ゆっくり舌が
絡め取られていく。
鈴華が息をできるように時々唇を離し、そしてまた深く口付ける。
それでも苦しくて、鈴華の息があがる。
自然と嫌だとは思わなかった。
徹の唇が離れるたび、もっとしてほしいと追いすがりたくなる。
﹁大丈夫か?苦しい?﹂
徹はすっかり息の上がってしまった鈴華に聞く。
鈴華はその時間すらもどかしいと思った。
もっと、もっとと体がうずく。自分が自分でないようで、コントロ
ールがきかない。
鈴華は両手で徹の髪に指を通す。さらさらした感触が気持ち良い。
﹁・・・もっと、してください・・・すごく、気持ち良いです﹂
鈴華のおねだりに、徹の思考が一瞬止まる。
リードしていたつもりが、いつの間にか手綱をとられてしまった気
分だ。
﹁止まらなくなっても、知らないぞ﹂
徹は息をつかせることなく、深いキスを繰り返した。
パジャマのボタンに手をかけ、鈴華はすっかり上半身を裸にされる。
急に羞恥心が襲ってきて、必死で隠そうと鈴華はうつぶせになった。
﹁怖い?﹂
鈴華は首を横に振る。
﹁恥ずかしい?﹂
そう聞かれて、鈴華は枕に顔をうずめる。
徹の香りがして、少し力が抜けた。
106
そんな鈴華の背中に、徹は何度も口付けていく。
綺麗な背中に思わず見惚れて、手のひらでなでる。
﹁んっ・・・﹂
という甘い声が鈴華から漏れ、もっと聞きたいと思った。
そして、徹が首筋から脇の近くをゆっくり撫でていくと鈴華の体が
反応し、甘い声が小さく漏れた。
しかし、しばらくすると鈴華の体がぴくりとも動かなくなる。
どうしたのかと、肩にキスを落として呼びかける。
反応がない。
徹は優しく鈴華の体をこちらに向かせると、気持ちよさそうに寝息
をたてる鈴華が視界に入った。
﹁ね・・・てる﹂
徹は一気に体の力が抜けた。決して最後までしようと思っていたわ
けではないが、反応しきってしまった自分はどうしたらいいのだと
苦笑する。
しかし、鈴華の安心しきった顔をみて、徹もほっとした。少なくと
も前よりかは恐怖はなくなったらしい。
徹は鈴華に布団をかけてやると、自分もすぐ隣に横になった。
﹁おやすみ﹂
返ってこないとわかっていて、そう言うと、鈴華の体を抱きしめて
眠った。
107
108
20︵後書き︶
たくさんのコメントありがとうございます!
そろそろラブエッチを期待した方もおられるようなのですが、じら
して申し訳ないです・・・・と思いつつ、楽しんでいます。両思い
になってから、徐々にラブラブになっていくこの過程が一番好きで
あります。
109
21
いつ・・・・寝てしまったんだろう。
鈴華は目の前にある徹の寝顔を見つめながら思った。
目を閉じる前は暗かったはずだが、今はほんのりと外が明るい。
少し目を閉じたつもりが、完全に寝入ってしまったらしい。
時刻は6時少し前。
起床時間は聞いていないけれど、もうすぐ徹を起こさなくてはなら
ないだろう。
目を閉じている姿はいつもと雰囲気が違い、鈴華は暫くの間見惚れ
ていた。
髪がセットされてないせいか、髭が少し伸びているせいかのか。
鈴華は徹の少しざらざらしたあごを指で突く。
﹁そんなに面白い?﹂
突然声をかけられて、鈴華は思わず手を引っ込める。
﹁すみません﹂
鈴華は徹が気分を害したと思い謝る。
﹁別に触って良いぞ﹂
徹が鈴華の頬に顎を擦り付ける。
﹁んんっ!﹂
くすぐったいような痛いような感覚に身をよじる。
﹁・・・・あー、服着ようか、何か朝から変な気分になってきた﹂
そう言われて見てみれば、昨晩徹に脱がされたまま、上半身は何も
身につけていなかった。
悲鳴にならない声をあげ、布団で体を隠す。
110
徹は時計に目をやると、勢い良く起き上がった。
ベッドから降りるとクローゼットからYシャツ、スーツを出す。
﹁ちょっと寝すぎた。昨日の分取り戻すから、今日は帰って来られ
ない。何かあったら携帯に連絡くれな﹂
徹はすばやく鈴華の頬にキスすると洗面所へ向かうために部屋を出
て行った。
数分の間、準備のためにばたばたと音が聞こえていたが、すぐに玄
関でドアが閉まる音が聞こえた。
あっという間の出来事に鈴華は見送りすらできなかった。
男の人ってなんて支度が早いんだろう、と鈴華は感心しながら、頬
に残る徹の温もりをそっと手でなぞった。
学校もない、予定も特になかった鈴華は、部屋の掃除や洗濯をした
りと忙しく午前中を過ごしていた。
その時、急に自分がこの部屋の鍵を持っていないことに気がついた。
ここを出る前にエントランス横の郵便受けに入れたが、徹はもう取
ってしまっただろうか、と鈴華は急いでエレベーターに乗り込み下
へと向かう。
もしなかったら、徹が帰ってくるまで外に出られないと不安になっ
た。
しかし、ここ数日は郵便受けをチェックしていなかったようで、手
紙やチラシが溜まっており、下の方に鍵を見つけてほっとする。
111
部屋に戻ってくると鈴華の携帯のランプが点滅し、メールを受信し
たことを知らせていた。
﹃明日何時に待ち合わせする?﹄
手にとってメールを開くと、美咲からのものだった。
先日の実家帰宅騒動ですっかり忘れていたが、美咲と例のチケット
で、アミューズメントパークに行くことをすっかり忘れていた。
約束の日は明日だったが、徹にもまだ話していない。
鈴華は急いで徹の携帯に電話をかけた。
﹁もしもし﹂
と聞きなれた声がする。
﹁あの、忙しいのにすみません。実は・・・﹂
と美咲との約束をすっかり伝え忘れていたことを詫び、もし徹がよ
ければ予定通り明日行くので、夜は少し遅くなると伝える。
﹁大丈夫だ。明日ももしかしたら帰れないかもしれないから、ちょ
うどいい。遅くなるなら、帰るときに電話をくれ﹂
早口で話す徹に申し訳なくなって、用件だけ言って切ろうとすると
﹁俺が帰るときは家にいてくれよ﹂
と囁く。
﹁はい、待ってるので早く帰って来てくださいね﹂
と言い、電話を切った。
鈴華は早速美咲にメールで時間と待ち合わせ場所を決めるメールを
送った。
112
午後から実家に持って帰っていた荷物が全て届いたが、なぜか布団
だけは送られてこなかった。
﹁あっまーいねぇ﹂
電話を切った瞬間、大きな声で言われて思わず徹の体がびくっとな
る。
﹁盗み聞きとは、よほど暇らしいな﹂
徹はこめかみがヒクつくのを感じた。
﹁徹ちゃんの行動を把握するのは、秘書として当然の役目!っつー
か、昨日お前のために走り回ってやったんだから、感想くらい聞か
せろよ﹂
﹁・・・何の感想だ?﹂
徹は言っている意味がわからないと、自分のデスクに戻り、PC画
面に目を向けた。
﹁昨日、俺が必死になって時間作ってやったんだ、さぞかし熱い夜
を過ごしたに違いない!話せ、全部だ。でないと、鈴ちゃんを今晩
のオカズにする﹂
徹は修二をにらみつけ﹁だったら、その下半身に手が行かないくら
いの仕事をお前にやろう﹂と、メールの新規作成画面を立ち上げ、
ありったけの用件を添付し、修二の仕事用アドレスに送信する。
修二のPCの画面上に新着メッセージの文字が浮かぶ。
﹁ちょっ、これほとんどお前がメインでやってるやつじゃんか。汚
ねーぞ!!﹂
すぐさまメールをチェックした修二が叫ぶ。
﹁俺は優秀な秘書を持っているようだし、それくらい朝飯前かと思
113
ってな﹂
徹は修二に不適な笑みを浮かべる。
修二は不貞腐れながら、しぶしぶ仕事を開始する。
静かになった修二とともに、徹も休めていた手を動かす。
一体いつになったら、まともに家に帰れるようになるのやら。
鈴華のために次にいつ時間を作れるか、見当つかない。
せっかく想いが通じ合ったのだから、2人でゆっくり過ごす時間が
ほしい。
徹は深い溜息をつく。
114
21︵後書き︶
115
22
朝開園時間ぴったりに着くように美咲と待ち合わせをし、電車でア
ミューズメントパークに向かう。
平日であったが、予想以上に人が多かった。
美咲とは何度もここに訪れている。園内マップなど不要なくらいだ。
今度はあっち、もう一度あそこと2人はおおはしゃぎで遊びまわる。
買い物はお目当てをしぼって、の季節限定品を主に見て回る。
一番悩むのは、徹へのお土産だ。実用的で、邪魔にならないような
もの。かといって使わないままになるのは困る。
そので鈴華が目をつけた物が﹁ペアのマグカップ﹂。
携帯ストラップと迷ったが、仕事でも電話を使うのに、こんな可愛
らしいものをつけていたら恥ずかしいかもしれないと考えた。
﹁お揃い﹂という事が、鈴華をドキドキさせた。
夜のパレードを見ながら、いつか徹ともこんな風に出かけたいと思
う。
﹁徹さんのこと考えてるでしょ?﹂
突然美咲に言われて、思わず顔が赤くなる。
﹁なんで?﹂
﹁だってさ、いつも徹さんのこと考えてる時の顔、説明はできない
けどすごく綺麗な表情してる。それに、決まって溜息ついてる﹂
と美咲は笑う。
﹁そ、そうかな﹂
自分では全く気づいていなかった。
116
考えてみると溜息をつくことなんて、徹の事以外にはないかもしれ
ない。
もう帰ろうかと話ていたとき、携帯電話が震えた。
着信の相手は徹。急いで通話ボタンを押す。
﹁鈴華?今どこ?﹂
﹁今、帰るためにゲートに向かっているところです。今からだと1
時間半くらいで家に着くと思います﹂
遅くなってすみません、と謝る。
﹁いや、修二をそっちに行かせたんだ。もうすぐ着くと思う。電話
があったら、待ち合わせて帰って来い。美咲ちゃんだっけ?彼女も
送るように言ってあるから﹂
徹の気遣いには本当に驚く。
﹁ありがとうございます。修二さんも忙しいのに・・・でもこんな
に遅くなって、美咲が心配だったので、とても助かります﹂
と徹の厚意に素直にお礼を言った。
﹁じゃあ、気をつけて帰れよ﹂
そう言って電話を切る。
﹁五十嵐さん?﹂
と聞く美咲に鈴華は頷く。
﹁徹さんの秘書の修二さんという人が、迎えに来てくれてるみたい
なの。美咲のことも送るって言ってるんだけど、大丈夫?﹂
﹁ええ??私まで良いの?助かるけど、チケットも買ってもらって
るし、なんだか悪いな﹂
美咲がそう言った時、鈴華の携帯が再び震える。着信は修二からだ
った。
﹁もしもし﹂
117
﹁あ、鈴ちゃん?徹から聞いてる?俺、今ゲートの右横に止まって
るんだけど、どれくらいで出てくる?﹂
と修二が聞く。
﹁私たちももうすぐゲートに着くところです﹂
﹁じゃあこのまま待ってるから出て右に来てくれる?シルバーの車
だから﹂
修二との電話を切って、ゲートへと急ぐ。
修二の車はすぐ見つかった。
車のすぐ横に出て待っていてくれたからである。
﹁お待たせしました﹂
﹁お、鈴ちゃん、久しぶりだね﹂
修二は満面の笑顔だ。
﹁お友達の中村美咲ちゃんです﹂
と鈴華が紹介すると、美咲は照れたように自分でも自己紹介をする。
﹁おー、美咲ちゃんも可愛いね!俺、秋元修二。五十嵐徹の秘書し
てるんだ﹂
見えないでしょ?と修二は笑う。一応証拠ということで、美咲に名
刺を渡す。
﹁五十嵐さんもハンサムだけど、秘書さんもカッコいいですね!﹂
と美咲は言った。
修二はこの発言で上機嫌になり、美咲とも打ち解けた。
美咲を先に送り届けてから、鈴華を徹のマンションへというコース
で車をスタートさせる。
修二の持ち前の明るさで、場を和ませてくれ会話も弾む。
主に美咲が﹁いくつなのか、趣味は?彼女はいるのか?﹂の質問攻
めで、それを修二が面白おかしく答えていく形だった。
鈴華は修二が徹と幼馴染だということを初めて知って、少し驚いた。
118
タイプの違う2人が、小さいときからずっと一緒で、職場でも一緒
なんて、よほど馬が合うのだろう。
あっという間に美咲の家に着く。
﹁ありがとうございました。鈴もありがとう!卒業式までに何回か
また会おう﹂
そう言って、自宅の門へ小走りで入っていった。
﹁さて、行きますか﹂
修二は美咲が玄関に入るのを見届けると、車を発進させた。
﹁徹とはその後どう?﹂
修二は心配そうに聞く。
﹁とても良くしていただいてます﹂
いつも優しいです、と付け加えると修二は笑う。
﹁あいつ、俺には鬼だぜ?無理な仕事バンバン押し付けてさ﹂
﹁でも、この前、修二さんは優秀だって徹さん言っていましたよ。
仕事をたくさんさせるのも、きっと信頼してるからなのでしょうね﹂
そう言うと、修二の顔が少し赤くなる。
﹁何か鈴ちゃんからそういう風に聞くと、照れるな﹂
修二は恥ずかしそうに頭をかいた。
﹁あ!この前は徹さんにお仕事サボらせちゃって、済みませんでし
た。私が勝手をしてしまって﹂
と鈴華が謝ると、修二は﹁仲直りできて良かった﹂と言う。
やはり、事情を全て知っているようで、少し恥ずかしくなった。
﹁あいつ、その内五十嵐を継ぐだろう?2代目だし、認めてもらえ
るように必死なんだよ。親の七光りで、社長になったら使えないっ
て言われないようにさ﹂
119
鈴華は頷く。
﹁だから、帰りも遅いし、帰ってこない日も多いと思うけど、心配
しないでやってな。徹、鈴ちゃんにぞっこんだから﹂
修二にそういわれると照れくさかった。
﹁わかっています。父も同じようなものでしたし・・・その分一緒
にいられる時間を大事にします﹂
と微笑んだ。
﹁いいなぁ、俺も鈴ちゃんみたいな彼女ほしー﹂
とハンドルに顔をうずめる。
﹁修二さん!青ですよ!﹂
あわてて修二はアクセルを踏む。
﹁そういえば、卒業式はいつなの?﹂
﹁えっと、3月10日です。あと2週間ないですね﹂
なんだか寂しいと鈴華は思う。
﹁準備進んでる?﹂
﹁準備・・・卒業式の練習が何度かありますが、ほとんどの生徒が
持ち上がりですし、あまり大して準備はないですよ﹂
と鈴華は言った。
﹁たぶん、徹は忙しいと思うんだけど、卒業式当日か次の日、なん
とか徹に休み取らせるから、卒業祝いでも2人でしてきたら?﹂
そう言う修二の顔をまじまじ見てしまう。
﹁いいんですか??でも徹さん、忙しいし、私の卒業なんかのため
に・・・﹂
﹁半休か、良くて1日休みだから、大したことできないと思うけど、
レストランで食事くらいできるだろう。よかったら、また百合子に
連絡するから、思い切り着飾ってみない?﹂
と修二はウィンクする。
鈴華は思わず笑顔で頷いてしまった。しかし、百合子にだって予定
120
はあるだろうし、やっぱり迷惑がかかるのではと思う。
﹁百合子には連絡しておくから、一緒に洋服選んだりして、化粧の
仕方も教わってさ。大人への第一歩ってやつ?﹂
修二は嬉しそうだ。
﹁もし、百合子さんにお願いできるなら、洋服選びのアドバイスが
ほしいです。私の持っている服、ほとんど姉のお下がりで﹂
と鈴華は笑った。
﹁了解!徹、びっくり作戦な﹂
握手を求める修二に、鈴華はその手を握り返す。
どうなってしまうのか、楽しみでもあり、徹の反応が不安でもあっ
た。
121
22︵後書き︶
追加
また誤字がありました。名前間違えという恥ずかしいミス・・・ご
連絡ありがとうございました!
122
23
百合子から連絡があったのはそれから2日後だった。
平日に休みを取ったので、一緒に買い物に行こうと誘われる。
医者である百合子がそんなに休みの融通がきくものだろうか。
無理して休みをとったのではないかと、心配になって聞く。
﹁大丈夫よ!私の旦那が小さなクリニックを開業したんだけど、そ
こは手伝い程度で働いてるだけだから。
月曜と水曜は総合病院で非常勤医師として勤務があるから、その日
だけは予定入れられないのだけど﹂
その言葉に少し安心した。
﹁行く場所は任せて!デート用の洋服一式揃えちゃいましょう﹂
百合子ははしゃいだ声を出す。
﹁よろしくお願いします﹂
と鈴華も電話口で頭を下げた。
百合子から電話をもらった日の夜、夜12時を回ったところで、徹
が帰宅をした。
普段なら気がつかないのだが、布団がないためにリビングのソファ
ーで寝ていたので、徹のびっくりしたような声で目が覚めたのだ。
﹁・・・なんで、ここで寝てるんだ?﹂
123
﹁あの、母が荷物を送り返してくれたのですが、布団は送ってくれ
なくて・・・﹂
と申し訳なさそうに言う。
﹁毛布だけお借りしてます﹂
そう言う鈴華に徹は苦笑した。
﹁俺のベッドを使えばいいのに﹂
﹁徹さんがいないのに、使ったら申し訳なくて﹂
鈴華は肩を落とす。
﹁何かあったら連絡しろって言っただろう?些細なことでも、大丈
夫だから﹂
徹は鈴華の頭を撫でる。
久々の徹の手の感触が心地よくて、もっと撫でていてほしいと思う。
﹁そういう物ほしそうな顔しない﹂
徹に指摘されて、そんな意地汚い顔をしていたのかと、両手で顔を
覆った。その様子に徹は目を細めて笑う。
﹁もう遅いし俺も朝には仕事だから、寝るぞ﹂
と徹は鈴華の手を引き、自分のベッドへと連れて行く。
﹁明日からはここで寝るんだぞ﹂
と鈴華の隣で、スーツのまま横になる。
﹁皺になっちゃいますよ﹂
﹁明日クリーニング出すから、もういい﹂
徹はだいぶ疲れた様子だ。しかし、思い出したように声を上げる。
﹁そうだ、修二の姉さんと買い物行くんだろう?渡してあるカード、
使ってくれて構わない。好きなもの買って来い﹂
期待してるぞ、と徹は言いすぐに寝息を立て始めた。
鈴華はすっかり寝入ってしまった徹の腕にそっと寄り添うと、自分
もすぐに眠りについた。
124
卒業式を間近に控えた約束の日、百合子と都内のショッピングモー
ルで待ち合わせをする。
修二からは、卒業式の次の日に午後から休みを取らせたとメールが
来ていた。
午前中はどうしてもはずせない会議が入ってしまって申し訳ないと
いう文面に、こちらが申し訳なくなるくらいだった。
今日来たショッピングモールは主に若年層に人気で、今流行りのお
店がほとんどと言って良いほどテナントで入っていた。
﹁鈴ちゃんは普段どんな格好してるの?﹂
と聞かれ、姉の麗華にもらったものだと答える。今日着ているもの
も麗華のお下がりだと言うと百合子はまじまじと見つめる。
﹁趣味いいわね!お姉さん、鈴ちゃんに似合う洋服をわかっている
のかもね﹂
自由奔放で、ここ数年は家にも寝に帰るくらいの勝手気ままな生活
をしているが、洞察力は優れていると思っている。
自分自身をよくわかっていて、麗華のおしゃれは完璧。流行に流さ
れるだけでなく、自分に似合うものを取り入れる。
服装によってネイルやアクセサリーなど、隅々にまで気を遣う。
そういえば、麗華のくれる服でサイズが合わなかったりした経験が
一度もない。
だからこそ、徹の部屋に引越しをしたときにそれらを持ってきたの
125
だ。
ただ押し付けられたものなら、実家においてきていただろう。
百合子に言われて初めて気がついた。自分を見ていてくれた。そう
思うとと、ふいに姉の麗華に会いたくなる。
徹の家に来てから、一度も連絡をとっていないが元気にしているだ
ろうか。
百合子に連れて行かれたお店で、とんでもない量の洋服を試着させ
られた。
そして、厳選してデート用の服と、普段にも着れるような服を数点
ずつ買っていく。
化粧品コーナーにも立ち寄り、店員に軽くメイクをしてもらいつつ、
初心者でもコツも教わる。
すべて終わった頃には夕方になっていた。
美咲と買い物にくるよりも疲労感があった。自分メインで買い物を
したこと自体初めてかもしれない。
夕飯には少し早いが、同じモールに入っているレストランに入って、
百合子とご飯を食べることにした。
メニューを見て、それぞれが食べたいものを注文して、先に来た飲
み物を一気に半分くらい飲み干した。
歩き回って、自分でも知らない間に相当のどが渇いていたらしい。
﹁鈴ちゃん、体のラインが綺麗だし、小柄だけど手足長いから、サ
イズがあれば結構どんな洋服も着こなせちゃうわね!
似合うのは清楚な感じのものだけど﹂
百合子は終始楽しそうだ。
126
﹁こんなにお付き合いしてもらってありがとうございます﹂
﹁当日、楽しみね!あとでどうだったか、感想をレポートにして送
ってね!﹂
とウィンクをする。
こういうところは修二と姉弟だ。
﹁初めて会ったときは、どうしようかと思ったけど・・・﹂
と百合子は言う。
﹁今とってもいい表情だし、徹くんも鈴ちゃんのこと大切にしてく
れてるのね﹂
鈴華はその言葉に微笑む。
﹁とても、優しいです。あの時はとても怖かったけど、あれ以来、
そういうこともないですし・・・﹂
﹁まぁ・・・心の準備も必要だし、嫌ならしなくてもいいのよ。徹
君もわかってくれてると思うわ。
でも、次にそういう事になったときは、絶対徹くんは優しくしてく
れるはずよ﹂
鈴華は頷いた。
マンションに帰って、早速鈴華は買ってきた洋服を広げた。
鏡の前に立って体に当ててみる。徹はどう思うだろうか。
シンプルで少し上品なAラインの紺のワンピース。白いレースが飾
り付けられている。靴は普段はかないような、少しヒールの高いブ
ーツ。
バッグもそれに合わせて選んでもらった。
127
今度こそ初デート。
鈴華は買った洋服を握り締めて﹁よし!﹂と気合を入れた。
128
23︵後書き︶
またまた普通の話ですみません。次回からはちょこっとラブラブで
す。
129
24
卒業式当日。
鈴華の通う高校は、式典用の制服というものがあり、今日はそれを
着る。
普段はシンプルなセーラー服だが、この制服はデザインも可愛らし
いブラウンのワンピース。指定のジャケット、靴やリボン。
少し着慣れないが、特別な制服ということで背筋がのびる感じがし
た。
学校に着くと、門の前に美咲の姿があった。
一緒に写真を撮り合ったり、他の友人と別れを惜しむ。
ほとんどが同じ付属の短大か大学へ行くが、別の大学に進学したり、
そのまま結婚する友人もいた。
美咲は大学、鈴華は短大。
同じ付属の学校とはいえ、校舎も違うため、これで一緒の学校に通
うのは最後。
そう思うと涙が出る。
美咲もつられて涙目だ。
﹁同じ教室で勉強はできないけど、これからその分、たくさん出か
けたり、お泊り会したりしようね!﹂
美咲は鈴華を抱きしめる。
鈴華は頷いた。
式典も無事終わり、教室に戻り卒業証書ももらう。
担任の先生からの最後の言葉に涙し、名残惜しくも教室を後にする。
美咲は迎えの車が来ているというので、春休み中に会う約束をし慌
しく別れる。
130
鈴華は帰り道、美咲に学校の前で撮ってもらった写真を添付して徹
に送った。
﹃卒業式、無事に終わりました﹄と添える。
するとすぐ携帯が震える。徹からの着信であった。
﹁もしもし﹂
﹁鈴華、卒業おめでとう﹂
徹の優しい声がまた涙をさそう。
泣いてるの?と徹が心配そうに聞く。
﹁すみません、これからもう皆と同じ教室で会うこともないんだと
思うと寂しくて﹂
﹁離れても心でつながってる友達は一生ものだよ。俺と修二みたい
に。春には新しい出会いもあるはずだから﹂
徹の言葉に少し元気が出る。
﹁写真に写っていた制服、いつもと違うな﹂
徹は言う。
﹁はい、これは式典用なんです﹂
そう言うと、徹は見たいと言う。
﹁徹さんが帰ってきてから、良ければもう一度着ますよ﹂
と鈴華は笑った。
﹁うーん、今日帰れないかもしれないんだよな﹂
徹はしばし無言になる。
﹁今から会社来れる?﹂
突然の誘いに戸惑う。あとはマンションに帰るだけで、予定もない。
﹁行けますけど、徹さんは私が行って大丈夫ですか?﹂
﹁時間作るよ。エントランス着いたら、受付に俺を呼ぶよう言って
くれるかな﹂
徹の声が嬉しそうだ。
131
少しでも徹に会えると、鈴華も嬉しくなった。
徹の会社は学校から徹のマンションを通り越して、5駅ほど電車で
行ったところだ。
駅からもさほど遠くないので、1時間もしないうちにエントランス
へと着いた。
平日の昼間、小さな花束と卒業証書の筒を持った制服姿の鈴華は、
ビル内の人々の注目をあびた。
明らかに卒業式帰りの鈴華が誰に会いに来てるのか興味があるのだ
ろう。
受付にいた女性が﹁どなたかお探しですか﹂と尋ねてくれる。
﹁五十嵐徹さんにお会いしに来ました﹂
というと、受付の女性はびっくりしたような顔になる。
それはそうだろう。
次期社長である現専務に、高校生の客人だ。
﹁確認いたしますので暫くお待ちください﹂
と言われ、鈴華は受付のすぐ横にずれて待つ。
その間にも、ビル内に入ってきた人の視線は痛かった。何より、受
付の女性たちの視線が特に気になった。
動物園の動物たちはこんな気分なのだろうかと周りをキョロキョロ
見渡す。
すると修二が手を振りながらこちらへ向かってくるのが見えた。
﹁修二さん!﹂
鈴華は修二に駆け寄る。
132
﹁鈴ちゃん、今日は一段と可愛いね!受付から電話もらったから、
俺急いで来ちゃった。卒業おめでとう﹂
とはしゃぐ。
修二から改めて祝いの言葉をもらい、鈴華は頭を下げる。
最近のことや美咲の事まで聞かれ、2人で世間話を楽しんでいた。
しかし、修二が来たと言うのに、徹は現れる気配すらない。
﹁あの・・・徹さんは?﹂
と辺りを見回しながら聞くと、修二はクスクス笑う。
﹁いつも意地悪されてるから、仕返ししてきたんだ﹂
もう少しで来るんじゃないかな、と言うとエレベーターホールの横
についている非常階段の扉が、大きな音を立てて開き、慌てた様子
の徹が姿を現した。
﹁修二!お前、どういうつもりだ!﹂
と紙切れを修二に投げつける。
それのメモを手に取り、修二はニヤリとしたり顔で笑った。
受付から内線電話をもらった修二は、何食わぬ顔で徹に書類を渡す。
その書類の一番最後のページにメモを挟んでいた。
﹃鈴ちゃんが来たって。俺、先に行くわ﹄
とメモには書いてあった。
見落としたり、その書類を後回しにしていたら、もっと時間がかか
っていただろう。
極めつけは、修二が乗ったエントランス直通エレベーターを﹁開延
長﹂にしたまま、降りてきたらしい。
見ると、エレベーターはまだ口を大きく開いたまま、そこで止まっ
ている。誰かが乗ってドアを閉めない限り、あのままなのだろう。
仕方がなく徹は、非常階段を駆け下りてきたらしい。
133
子供じみた悪戯に、徹は相当お怒りだ。
そんなことを知らない鈴華は不思議顔で2人の顔を見つめる。
後で覚えてろよ、と修二に言うと、徹は鈴華に向き直った。
﹁卒業、おめでとう﹂
徹はそう言うと、鈴華の左手を取る。
手のひらにおさめてあったのだろう、プラチナのシンプルな指輪を
そっと鈴華の薬指にはめた。
鈴華はびっくりして、その指輪をまじまじ見つめる。
﹁するのはもう少し先になると思うけど・・・俺と結婚してくれる
?﹂
どうやら婚約指輪らしい。
鈴華はコクコクと首を縦に振る。
徹は鈴華の耳元にそっと顔を寄せると﹁もう絶対、俺のそばから離
さないから﹂と囁いて、耳たぶにキスをした。
鈴華はこんな人の多い所で、キスをされてしまった恥ずかしさで下
を向いたまま固まってしまった。
鈴華には見えていなかったが、その瞬間、エントランスにいた誰も
が動きを止めていた。
現社長の補佐で、真面目な仕事ぶりと、威圧的な雰囲気。時に冷徹
な態度で物申す、恐ろしい存在の五十嵐専務が、甘い顔で高校生に
キスをしているのだ。
受付の女性たちは、固まったまま軽く仕事を放棄している。
修二だけがその様子を笑いを耐えながら眺めていた。
134
﹁制服姿も見納めだと思うと、少し寂しいな。すごく似合ってるの
に﹂
と言う徹に﹁い、いつでもリクエストがあれば、徹さんのために着
ます!﹂と顔を真っ赤にして言う鈴華に、男性社員達は羨望の眼差
しで徹を見ていた。
その視線を、徹は冷めた目で瞬殺したのは言うまでもない。
﹁来てくれてありがとう。もう仕事に戻らなきゃいけない。今日も
帰れそうにないけど、明日は、修二が午後から休みを作ってくれた
から、デートだな﹂
徹は鈴華の頭をまたポンポンとなでる。もうすっかり慣れたその行
動に、鈴華は微笑む。
未だ固まっている受付にタクシーを呼ぶように言うと、名残惜しそ
うに修二を連れてエレベーターへと向かっていった。
タクシーを待っている間、先ほどよりあからさまになった視線に鈴
華は恥ずかしくなった。
しかし、いくら好奇心いっぱいの目で見つめられても、直接話しか
けて色々聞いてくる者はいなかったので、ほっとしていた。
135
24︵後書き︶
徹君のプロポーズ。
私の憧れのシチュエーションを、そのまま形にしました。
次回、デート編です。
ー追加ー
なんということでしょう。徹がなぜか安物の指輪を贈っておりまし
た。指輪の記述に関しては悩みぬいて、結局あれこれ書くのをやめ
たのですが、文章をシンプルにするだけでなく指輪まで・・・
お名前つきでご連絡いただいたのですが、こちらに出して良いかわ
からなかったので、ひとまずお礼だけ言わせてください。ご指摘あ
りがとうございました!
136
25
翌日、言葉通り、昼12時を少し過ぎた頃に徹は帰って来た。
﹁おかえりなさい﹂
そういう鈴華にただいま、とキスをする。
だいぶ徹のキスに慣れたが、まだ照れくさい。
﹁お疲れではないですか?﹂
そう聞く鈴華に徹は﹁昨日、会社で少し寝たから大丈夫﹂と答えた。
徹がシャワーを浴びている間に、鈴華は新しい服に着替え、化粧も
する。この日のために何度かメイクも練習した。
髪の毛も少し巻いて、徹からもらった指輪もつける。
自室を出ると、徹も着替え終わっていた。
黒いジーンズにジャケットというシンプルな格好は徹によく似合っ
ており、スーツの時よりも若く見えた。
スーツと部屋着姿しか見たことがなかった鈴華は、その姿が新鮮で
思わず胸がときめく。
徹もまた、鈴華の装いにしばし言葉を失った。
いつものストレートの髪を少し巻き、紺のワンピースが鈴華のスタ
イルのよさを強調している。
化粧もしているのだろう。いつもより大人っぽい。
﹁可愛いよ﹂
そう徹に言われ、鈴華も﹁徹さんも格好いいです﹂と返した。
137
﹁素敵な車ですね﹂
鈴華はマンションの地下にある駐車場に連れて行かれて、徹の車を
見て言う。
車を所有していることは知っていたが、乗せてもらうのは初めてだ。
﹁ありがとう、さあどうぞ﹂
と徹は言い、ドアをあけて鈴華を助手席に座るよう促す。
デートコースは映画を見た後に食事らしい、と徹が言う。
﹁実は、修二が全部手配してくれたんだ。すごく有難いんだが、今
日の予定はその都度メールで指示。直前まで俺には教えてくれない
趣向らしい。行き先のわからないデートは嫌?﹂
そう聞かれて鈴華は首を横に振る。
﹁修二さん、色々素敵なところ知っていそうだし、私も楽しみです﹂
と、2人は予約されていた恋愛映画を見に、映画館へ向かう。
2時間弱の今話題の恋愛映画は徹には退屈ではないかと、暗闇の中
でそっと様子を伺うが、結構真剣に見入っている様子に鈴華はクス
っと笑う。
それに気がついた徹が、鈴華の手をぎゅっと握り微笑み返す。
ラストはすれ違いから一度は別れた主人公の2人が、再び愛をはぐ
くむという内容で、鈴華もハンカチを握り締めた。
﹁流行の恋愛ものってあまり見ないけど、今のは良かったな﹂
と徹が言う。お互い映画の感想を言い合いながら、少しショッピン
グモールをフラフラした。
レストランの予約は6時らしい。場所はここから車で30分ほどの
138
場所にあるホテルにあるレストランだ。
﹁修二さんってマメなんですね﹂
﹁そうだな、あいつは仕事でも私生活でもかなりマメだ。俺が気が
つかない事も、自然に当たり前のようにやってくれるから、秘書に
頼み込んだんだ﹂
と徹は言う。
﹁でも、子供じゃないんだから、自分のデートくらい決めさせてく
れてもいいのにな。たぶん面白がってるだけだと思うけど、あいつ
は﹂
徹はそう言って笑った。その無邪気な笑顔から、修二に対して心を
許している様子が鈴華にも伝わってきた。
﹁次にどこへ行くか、わからないのも楽しいですね﹂
そう言う鈴華の手を取り、徹は鈴華の薬指にはまる指輪を撫でる。
﹁そういえば、何故サイズがわかったのですか?﹂
不思議だった。指輪のサイズなんて話したことすらないのに、もら
った瞬間から、この指輪は鈴華の指にぴったりと合った。
﹁ああ、修二のお姉さんに教えてもらったんだ﹂
照れたように徹は返す。
そういえば、買い物に行ったとき、体中のサイズを測られた。
なるほどと合点がいった。しかし、あの買い物から日が経ってない
のに、すぐに指輪を用意した徹にも感心した。
﹁会社の隣のビルに宝石店が入ってるから、隙を見て買ってきたん
だ。あまり好きじゃない?﹂
と聞く徹に﹁一生大事にしたいくらい気に入っています﹂と言う。
徹は嬉しそうに、鈴華の手を握り締めた。
139
予約されたレストランは、夜景の綺麗な高層階にあるフレンチだっ
た。
滅多にこういう場所で食事をしない鈴華は緊張してしまう。
個室になっている場所だったので、まだ良かったが、テーブルマナ
ーも覚束ない鈴華は料理が来るたびそわそわしてしまった。
デザートが運ばれてくる頃、徹の携帯が震えた。
修二かららしい、徹の顔色が曇っていく。
﹁大丈夫ですか?﹂
そう聞く鈴華に、徹は溜息をついて言った。
﹁修二がこのホテルの部屋を予約しといたから、行って来いと言っ
てる。どうする?﹂
鈴華は返答に困った。
﹁嫌だったら、家に帰ってもいいし、ホテルで今夜はのんびりして
もいい﹂
と徹は鈴華に任せると言う。
﹁家に帰っても、ホテルに泊まっても、2人なのは変わりませんし、
せっかく予約していただいたのなら、行ってみましょうか?﹂
まるでピクニックに行くような軽い口調で、鈴華は答える。
その言い様に少し驚いたが、実際そうなのかもしれないと徹は思っ
た。
男女のことに疎い鈴華だ。夜景の綺麗なホテルに﹁遊びに行く﹂感
覚なのだろう。
確かに、家に行っても、ホテルでも同じベッドで眠るのだ。大差な
いと言えばない。
修二の思惑からは少々ずれてるかもしれないが、嬉しそうに楽しみ
だと言う鈴華に、徹も顔をほころばせた。
140
141
25︵後書き︶
次回﹁ロマンティックな夜﹂編です。
意味深な言い方ですね。次回も皆様にドキドキをお届けできますよ
うに。
142
26
随分、贅沢な部屋を選んだな︵俺の金だと思って︶、と徹は通され
た部屋を見て驚いた。
最上階にあり俗に﹁スイートルーム﹂と呼ばれる所だ。広々とした
作りの部屋に、キングサイズのベッドが横たわる。
内装も凝っていて、可愛らしい雰囲気だ。
窓は一面ガラス張りで、夜景が眩しい。
隣の鈴華に目をやれば、キラキラした目で探索を開始している。
こんなに喜んでくれるのであれば、たまにホテルに泊まるのもいい
な、と鈴華に影響されて、ズレた思考に走る。
普通、スイートの部屋にカップルが通されれば、ロマンティックな
雰囲気になるものだが、いつもと違う鈴華のはしゃぎようを見ると、
そういった雰囲気になる可能性は低い。
﹁あの、お部屋の写真を撮って美咲に送っても良いですか?﹂
ととんでもないことを言い出すので、それだけは必死で止める。
﹁今ホテルの最上階の部屋に婚約者といます﹂なんて、写真つきで
送られたら、相手も驚くだろう。
すると急に鈴華が隣でおとなしくなってしまった。
﹁はしゃいですみません・・・﹂
と下を向く。
﹁いや、そんなに喜んでもらえたのなら、修二も本望だろう﹂
徹は苦笑する。
﹁子供みたいに・・・こんな素敵なホテルは初めてなので・・・﹂
初めてじゃなかったら、こちらが参ってしまう。
143
徹はそんなに楽しいなら、ゆっくりお風呂に入って満喫しておいで、
と鈴華をバスルームへ行くよう促す。
徹の言葉に甘えて、鈴華はそのまま大きなお風呂を堪能することに
した。
備え付けのアロマオイルをバスタブにたらし、ゆったりと湯船に浸
かる。
そして先程の徹の表情を思い出し、深い溜息をついて反省する。
いつもと違う場所に来たとはいえ、徹の前で子供のようにはしゃぎ
まわってしまった自分が恥ずかしい。
考え事をしていたら随分時間が経ってしまったようで、徹の心配す
る声がバスルームのドア越しに聞こえる。
急いで返事をし、浴槽から出た。。
しばらくして、鈴華が備えつけのふわふわのバスローブを羽織って
登場した。
﹁着替え、持って来なかったですね﹂
鈴華は照れ笑いする。
その顔が可愛らしく、徹は自然に鈴華の唇にキスをした。
鈴華も慣れたのか、キスくらいで体をビクビクさせることもない。
徹はその変化が嬉しかった。
徹はそのキスをだんだんと深いものにしていく。
やはり息が苦しいのか、すぐに呼吸が荒くなる。
144
﹁鼻で息してみな﹂
徹はそう言って、また深く口づけする。
﹁どう﹂
唇を離して聞く。
﹁心臓がドキドキしてて、鼻で息をしても苦しいです・・・﹂
﹁じゃあ、もっとゆっくりするよ﹂
徹は触れるだけのキスを繰り返す。
その時、鈴華が徹の下唇を甘噛し、今度は徹がびっくりして顔を離
した。
﹁す、すみません・・・徹さん、いつも私の唇噛むから、してみた
くて・・・痛かったですか?﹂
無自覚なのだろうが、誘っているようにしか思えない鈴華の行動に、
徹は心の中で耐えろと念じる。
ここで見境なくまた鈴華を抱いてしまったら、振り出しに戻ってし
まう。
﹁いや、痛くはないけど・・・・﹂
鈴華は首をかしげた。けど、の続きを待っているらしい。
﹁・・・俺も風呂に入ってくる。疲れてたら、先に寝てろよ﹂
徹は体を離して立ち上がる。
戻るまでには寝ていてほしい。徹は深く溜息をついた。
徹にしては随分長風呂だったと思う。
いや、頑張って長くバスルームに留まったのだ。鈴華が寝ていてく
れれば、自分は冷静でいられる。
その行動も空しく徹がドアを開けると、鈴華はベッドの上から窓一
145
面に広がる夜景を見ていた。
﹁まだ・・・・寝ていなかったのか﹂
徹が言うと、鈴華は振り返り微笑む。その顔が寂しそうで、徹は鈴
華の頬に手を伸ばした。
﹁どうした?﹂
﹁少し、はしゃぎすぎたと反省していました﹂
鈴華は静かな声で言う。
﹁いいじゃないか。デートだったんだし﹂
徹は苦笑する。
﹁でも、徹さん、あまり元気ないみたいだし、いつもと違うから・・
・私と本当はデートなんてしたくなかったんじゃないかと・・・・﹂
鈴華の声がだんだん小さくなる。
﹁俺も、楽しかったよ﹂
徹は鈴華を優しく抱きしめる。
鈴華の頬を涙が伝う。
﹁・・・しいて言えば、鈴華がいつもより可愛いから、手をださな
いようにするのに必死﹂
徹は鈴華の涙を指でぬぐう。
﹁てを・・・だす?﹂
﹁・・・何て言えば良い?セックスって言えばわかる?﹂
徹の唇の端が意地悪く弓を描いたように笑う。その瞬間、あまりに
も直接的な言い方に、鈴華が赤面した。
﹁俺も一応男だし、鈴華から見たらおっさんだろうけど、まだ枯れ
てないしな﹂
と苦笑しながら鈴華の頭をなでる。
﹁でも、もう、鈴華が泣いたり、嫌がったりするのは見たくない。
だから必死に堪えてるって言ったんだよ﹂
146
﹁・・・でも結婚したら、そういうこと、しなくちゃいけないんで
すよね﹂
鈴華は尋ねる。
﹁嫌だったら、一生しなくても構わない。鈴華の一番最初を最低な
形で奪って、心に深い傷をつけたんだ﹂
それくらい我慢してみせるよ、と徹は優しく笑った。
﹁こんな俺を好きだって言ってくれて、結婚するって言ってくれた
だけで、十分だ﹂
徹の言葉に鈴華の目から、涙が溢れ出す。
﹁そんなに泣くな・・・鈴華の怖がることは絶対しないから。な?﹂
徹は鈴華の不安を少しでも取り除き、安心してもらいたくて優しく
宥める。
鈴華は大きく頭を振って否定する。
﹁・・・私、したいです、徹さんと・・・・﹂
徹は驚いて鈴華を見つめる。
﹁お前は・・・・言っている意味をわかっているのか?我慢してる
と言ったばっかりだろう。あんまりベッドの上で誘うようなこと言
うな﹂
徹は思わず声を荒げ、ベッドから立ち上がった。
今日は別々の場所で寝たほうがいい、そう思い、もう一部屋空きが
ないかフロントに確認しようと、ベッドサイドの電話の受話器をあ
げる。
その腕に、鈴華はしがみついた。
﹁意味、わかってます。私も徹さんと同じように、徹さんがしたい
と思うことを優先したいです﹂
鈴華はしがみつく腕の力を強めた。
﹁それに、徹さんは前に言いました。今度する時は絶対に痛くしな
147
いって、約束しました﹂
﹁・・・・﹂
徹はしばらく黙ったまま、鈴華を見つめた。鈴華もそんな徹の瞳を
見つめ返す。
﹁じゃあ、本当に今からするぞ﹂
徹は鈴華をベッドの上に優しく横たえる。
﹁もし、怖くなったら絶対に言えよ。途中でもやめるからな﹂
はい、と鈴華は答えた。
148
26︵後書き︶
読者様、寸止め。うふ
ここで話切るのかよ!って思いますよね。申し訳ないです、切りま
す。
続きはまた明日・・・・たぶん。
では、皆様おやすみなさいませ。
149
27︵前書き︶
︻R18︼です
150
27
首筋にキスをしながら、鈴華のバスローブの紐を解くと、ほっそり
とした鈴華の体が露になる。
電気は消しているが窓からの夜景の明かりで、なまめかしく浮かび
上がり、我慢していた徹の欲望を駆り立てた。
怖がらせないように、細心の注意を払いながら、優しく鈴華の体に
手を這わせると、くすぐったそうに身をよじる。
徹が形の良い、鈴華の胸の一番敏感なところを舌で舐め上げると、
恥ずかしそうに顔を背けた。
﹁怖い?﹂
優しく聞く徹に鈴華は首を横に振る。
﹁なんだか、くすぐったいような変な感じです・・・・んんっ﹂
それでいいんだよ、と徹は鈴華の胸を優しくもみながら、胸の頂を
吸い上げる。
﹁んん・・・だめ、です、何か・・・おかしくなりそうっ・・・﹂
鈴華の体が弓なりに反る。
徹は胸をまさぐっていた手をだんだんと下におろし、下着の上から、
鈴華の中心部をそっとなで上げる。
﹁っきゃぁ・・・そこは・・・ダメです・・﹂
と鈴華は股を閉じてしまう。
﹁ここを触ってほぐさないと、後が痛いよ?﹂
徹の言葉に鈴華は閉めていた太ももの力を少しだけ抜く。
﹁良い子だね﹂
徹は鈴華の足を少し開き、下着を取り去ってしまう。
﹁・・・徹さん!恥ずかしいっ・・・・﹂
鈴華は羞恥心から、両手で顔を覆う。
﹁恥ずかしくないよ、可愛い。怖かったら言って?もしそうでない
151
なら、少し足の力を抜いてみな﹂
鈴華が恐る恐る足の力を抜くのを確認して、徹は指で鈴華の割れ目
を広げ、むき出しになったそこを、指で優しくなで上げる。
﹁っ・・・汚い・・・です﹂
﹁綺麗だよ、すごく・・・もっと開いて﹂
恥ずかしそうに足を広げる鈴華の姿に、徹も煽られていく。
ゆっくりと、湿った鈴華の中に指を入れていく。
﹁きつい?﹂
一本指が奥まで入ると、徹は尋ねた。
﹁・・・大丈夫です・・・痛くないです﹂
そこから、その指でゆっくり出し入れを繰り返し、ほぐしながら広
げていく。
そして、鈴華が感じる場所を探し当てる。その場所で少し指を曲げ
ると、鈴華の体がひくひくと反応する。
﹁あっ・・・とおる・・・さん・・・そこ・・やっ!﹂
鈴華は身をよじった。
﹁嫌か?もうやめるか?﹂
鈴華は首を横に振る。
﹁なんか・・・体の奥が・・・変なんです・・・そこ、触られると・
・・声が・・・勝手にでちゃうっ・・・﹂
徹はここ?と聞きながら、鈴華の一番感じるところを指で突き上げ
た。
鈴華の呼吸が乱れ始めるのを確認し、徹は指で刺激したままのそこ
に、舌を這わせた。
﹁そ・・・そんな・・・とこ・・・舐めないでっ﹂
鈴華は涙目で訴える。
﹁一回、イこうか﹂
徹は鈴華の中をかき回しながら、舌で執拗に舐め続け、鈴華を快感
の頂点へと追い上げる。
鈴華ははじめての感覚に嬌声をあげる。体が痙攣し、頭が真っ白に
152
なる。心臓が早鐘をうち、呼吸をするのさえ苦しかった。
ふっと鈴華の体の力が抜けると徹は﹁今の、イクって感覚だよ。気
持ちよかった?﹂と尋ねた。
﹁わ・・・わかりません・・・でも、痛くなかったです﹂
と鈴華は答えた。
﹁何回か繰り返せば、よさがわかってくるから﹂
徹は中に入れる指を二本に増やして、また出し入れを繰り返す。
いったばかりで力が抜けてしまった鈴華は、感覚が鈍っているのか、
痛そうにしている様子はない。
﹁結構ほぐれてきてる。大丈夫か?疲れたなら、やめてもいいぞ﹂
﹁・・・徹さんも、気持ち・・・よくっ・・なって・・・﹂
指で中をかき回されている鈴華は、無意識に腰をくねらせている。
その姿があまりにも扇情的で、徹は今すぐ入れてしまいたい衝動に
駆られる。
﹁まだ・・・怖い?﹂
徹は鈴華に深いキスを繰り返す。
﹁・・・痛くしないでください・・・﹂
鈴華にそう言われ、徹は財布から避妊具を取り出す。
数日前、修二が﹁いいから、持っておけ﹂と勝手に入れていったも
のだが、役に立つとは思わなかった。
はち切れんばかりに硬くなった、徹自身を、大きく足を開いた状態
の鈴華にあてがう。
﹁無理するなよ、怖かったら肩噛んでもいいから教えろ﹂
そう言うと、ゆっくり鈴華の中に押し進めていった。
﹁んんんっ・・・﹂
鈴華は徹にしがみついた。
﹁力・・・抜け・・・・余計辛いぞ・・・﹂
153
ほぐしたとは言え、まだまだ狭い鈴華の中は、徹の侵入を拒んでい
るようだ。
﹁く・・・るしい・・・徹さんっ・・・﹂
徹は鈴華に深くキスをし、少しでも気をそらしてやろうとする。
ようやく徹自身をすべて受け入れた鈴華の中は、ぎゅうぎゅうと徹
を刺激し、思わずうめき声が漏れる。
﹁ごめんなさい・・・痛いですか?﹂
鈴華は心配そうに聞く。
﹁いや、すごい気持ち良い・・・﹂
そう言った徹の顔が、あまりにも色っぽく鈴華は自分の下半身がき
ゅっと締まるのを感じた。
﹁っ・・・そんな締め付けるなっ・・・﹂
徹は思わず鈴華に抱きつく。
﹁ど・・・どうしたらいいですか。。。?﹂
﹁今、全部入ってるから、少しずつ動くぞ﹂
徹はゆっくりとそれを引き抜き、また中に戻すという行為をゆっく
りと何度も繰り返した。
最初は目をぎゅっとつぶっていた鈴華だったが、徐々にその呼吸が
乱れ始め、甘い声が口から漏れる。
﹁と・・・おるさん・・・あっ・・・また・・・なんかっ・・・ヘ
ンっ・・・・﹂
徹の動きに合わせて、鈴華の腰も動き始める。
﹁ばか・・・そんな風にしたら・・・﹂
徹は自分が持っていかれそうになるのを必死で堪えながら、鈴華の
一番感じるところをせめ立てる。
その瞬間、鈴華の体がビクビクと震え、徹のものを締め付けた。
﹁鈴華、またいった?﹂
154
鈴華はコクリと頷いた。
﹁俺ももう少しでイキそう。動いて平気?﹂
鈴華が呼吸を乱したまま、頷くと徹はさっきよりも早いスピードで
動く。
置いていかれないように、鈴華は必死で徹にしがみついた。
﹁すまない、鈴華っ・・・﹂
徹は2,3度鈴華の中に腰を強く打ち付けると、自身も果てた。
乱れた呼吸を整え、徹は鈴華の中からそれを引き抜く。
﹁鈴華、大丈夫か?﹂
放心状態の鈴華を心配して、徹は声をかける。汗で張り付いた髪の
毛を額から拭うように、頭を撫でる。
﹁ごめんな、怖かったか?痛いか?﹂
不安そうに聞く徹を安心させたくて、鈴華は首を横に振った。
﹁大丈夫・・・です、ちょっと疲れちゃいました・・・﹂
鈴華は目を閉じて言う。
﹁寝てもいいぞ﹂
徹は鈴華の体から離れると、そっとキスをする。
﹁もう少し・・・徹さんと過ごしたいです・・・また明日から、徹
さん、忙しくなっちゃうから﹂
鈴華は眠そうな目をこすりながら言う。
﹁また、修二にスケジュールを調整してもらうから、今は眠るんだ﹂
おやすみと徹が言ったのを聞くと、鈴華は深い眠りへと落ちていっ
た。
155
27︵後書き︶
つ、ついに書いてしまったR18指定部分。涙が出るくらい羞恥心
でいっぱいです。まだまだ鍛錬が必要な部分でございます。どうか、
お優しい目でご鑑賞ください・・・
次回最終話。
どうぞお付き合いください。
156
28
次に目をあけたとき、まだ辺りは暗かった。時計を確認すると5時
半を指している。
鈴華はゆっくりと起き上がり、あたりを見回す。
隣では徹が裸のまま眠っている。自分自身も見下ろすと、裸のまま
で、思わずシーツを手繰り寄せた。
そうか、自分はとうとう徹に抱かれたのだ。
下半身に気だるい違和感があるものの、最初の時のような痛みもな
い。
昨晩のことを思い出しても、徹は終始優しく、丁寧に自分を抱いて
くれた。目を閉じる前に見た、心配そうな徹の顔を思い出し、申し
訳ないような気分になる。
鈴華は深く溜息をついた。
﹁・・・溜息ばかりついてると、幸せが逃げてくぞ・・・﹂
隣で徹の声がして、そちらを見ると徹がくすくす笑っている。
いつから起きていたのだろう。明るい場所で裸を見られたかもしれ
ないと思うと、鈴華は恥ずかしくて顔が火照るのを感じた。
﹁そう・・・でしょうか・・・﹂
徹の言葉に鈴華は少し考える。
鈴華は美咲に言われた事を思い出していた。
﹁私が、溜息をつくときは、いつも徹さんのことを考えている時だ
って、美咲に言われたんです﹂
徹は黙って鈴華を見つめていた。
﹁もし溜息のたびに幸せが逃げていたら、きっと徹さんは今頃隣に
いないと思います﹂
157
鈴華は小さく笑う。
最初の出会いは怖くて仕方がなかった。しかし今は徹と出会えて、
一緒にいることができて幸せだと鈴華は思っている。
﹁そうだな、俺も、お前に会ってから溜息が増えた気がする・・・﹂
おとなしい顔して振り回してくれるからなぁと徹は苦笑した。
﹁じゃあ、今度お前が溜息をついてるのを見たら、俺のことを考え
てくれてるって思って良いのか?﹂
徹は尋ねた。
﹁では、徹さんが溜息をついてる時は、私のことを想ってくれてい
るって解釈します﹂
そう言って、2人で笑いあった。
﹁体、辛くないか?しばらくは家から出ないで、ゆっくり休めよ﹂
徹は鈴華の頬にキスをすると、バスローブを持ってシャワーを浴び
にベッドを降りた。
鈴華も徹の次に軽くシャワーを浴びると、洋服を着てホテルをチェ
ックアウトする。
徹の運転する車でマンションへ帰り、徹は着替えてからすぐ出勤だ。
﹁あまり動き回るなよ、倒れたりしたら困る﹂
玄関を出るときに、徹は心配そうに鈴華に言った。
﹁徹さんが優しくしてくれたから、大丈夫ですよ﹂
鈴華は笑った。
158
﹁一応、念のためだ。何かあったら電話しろよ﹂
徹は名残惜しそうに、キスをすると﹁愛してるよ﹂と耳元で囁いて、
玄関から出て行った。
徹の低い声が耳の中にこだまして、鈴華は一人顔を赤くし、しばら
く玄関に立ち尽くしてしまった。
返事もできなかった。
徹が帰ってきたときは一番に、自分も﹁愛してる﹂と伝えよう。
鈴華は小さく溜息をつくと、先ほどの言葉を思い出して顔を緩ませ
た。
ー溜息の数だけあなたを想う
この身を焦がす、恋わずらい
あなたへの想いが募り、溜息とともに溢れ出すー
159
ーおわりー
160
あとがき
あとがき
お、終わった・・・
小説を最後まで書き上げるのがこんなにも体力を消耗することだっ
たとは、予想外です。
﹃溜息の数だけあなたを想う﹄はいかがだったでしょうか?皆様の
反応がとても怖いです。
最初は溜まったストレスを発散する目的で、自分の妄想を文字にし
ているだけでした。︵書き始めたとき、ちょっと私生活で嫌なこと
がありまして・・・︶
気まぐれで﹁小説家になろう﹂さんに投稿してしまい、たくさんの
人の目に触れるようになったことは、今でもまだ信じられません。
しかし、皆さんに読んでもらい、励ましのお言葉をいただく事で、
最後まで書き上げられたと思っています。
なにぶん、全てが初めてで、現実味のないシチュエーションや、違
和感のある構成であったり、誤字脱字等、見苦しい点も多々あった
かと思います。
それでも最後までお付き合いいただいた方がいらっしゃり、一人一
人に頭を下げてお礼を言いたいくらいの気持ちでいます。
今後の予定ですが、この小説の番外編や鈴ちゃん短大編なども書い
ていけたらと思います。
後はこの作品にお付き合いいただいたお礼も兼ねて、麗華メインの
161
小説をUPし、引き続き新しい小説も書きたいと思っています。
その場合、自身のHPもないので、また﹁小説家になろう﹂さんに
お世話になるかと思います。興味のある方はまたお立ち寄りいただ
けると嬉しいです。
私としては未踏の地であるBLや二次小説にも興味があります。
恋愛が書ければ何でも手を出します︵笑︶しかしこの辺は投稿せず
に、自分で書いて満足するだけ・・・かな。
長くなりましたが、最後の最後、あとがきまでお付き合いいただい
た皆様、そして、拍手やコメントでたくさんの励ましのお言葉をい
ただいた皆様にも感謝の思いでいっぱいです。
本当にありがとうございました!
紫門 めぐみ
162
番外編︻悪戯︼
ピーンポーン 宅配便です
自分宛の小包を受け取り、リビングへ持っていくと、鈴華は早速自
分宛の小包を開けて見た。
中身を取り出してみたものの、鈴華が見たこともないような物で、
思わず徹の名前を呼んだ。
﹁徹さん、これは・・・なんでしょうか﹂
呼ばれて鈴華に目を向けた徹は、驚いて椅子から落ちそうになる。
慌てて箱を見てみれば差出人は﹁秋元修二﹂。その名前に軽く怒り
を覚えた。
鈴華が持っていたものは、世間一般で言う﹁オトナの玩具﹂である。
徹が頭を抱えている間に、鈴華は添えてあった手紙を読み上げた。
﹁えーっと・・・﹃俺からのささやかなプレゼントです。使い方が
わからなかったら今度家に遊びに来たときに教えるね。修二﹄﹂
鈴華は手紙を読み終わると、もらったプレゼントを縦にしたり横に
したりと、使い方を調べ始めている。
﹁鈴華、修二の家に行く約束でもしたの?﹂
湧き上がる怒りをぐっと抑えながら、徹は努めて冷静に聞く。
﹁この前、私が料理だけは得意だとお話したら、﹃作りに来てくれ﹄
と言われたので、今度徹さんと遊びに行かせてくださいと言いまし
163
た﹂
今度お弁当を作って一緒に行きましょうね、と鈴華は嬉しそうに言
う。
鈴華が﹁自分と一緒に﹂と返事をしたことに徹はほっとした。
﹁もしかして、料理好きな私に最新調理器具のプレゼントでしょう
か﹂
最新・流行と言ったものにあまり追いついていけない性質だ。
最近は便利グッズブームのせいか、たまに買い物に行く店でも使用
用途がわからないような調理器具がずらりと並んでいたりする。
せっかくもらった物を、使い方がわからずに放置というのは申し訳
ないと鈴華は一生懸命模索する。
鈴華は本体に小さく表記されたONスイッチを見つけ、指で押して
みた。
﹁あら、クネクネ動きました。何かをかき混ぜる為の道具なのかも﹂
バイブレーションとともに動き出したソレを、鈴華はまじまじ見つ
める。
その光景に耐えられなくなった徹は、鈴華の手からそれを抜き取る
と電源を切ってしまう。
﹁いくら修二とは言え、他の男から貰ったプレゼントをそんなに喜
ばれると、ちょっと妬けるな﹂
徹は鈴華の耳元で囁くように言う。
徹の低く心地の良い声が、耳にかかる吐息とともに、鈴華を落ち着
かない気分にさせた。
﹁で、でも・・・せっかくいただいたのに・・・﹂
﹁大丈夫、修二には俺からうまく言っておくから、このプレゼント
はもうお終い﹂
そっと唇を奪われ、鈴華の思考は停止してしまう。
164
何も考えられなくなるくらい、何度も優しく唇をついばまれて、鈴
華はとうとう頷くことしかできなかった。
良い子だ、と徹は言い、そのプレゼントは隠されてしまったのであ
った。
翌日、修二の机の上には山積みになった書類と、鈴華に送ったオト
ナの玩具が転がっていた。
﹁あれぇ、お気に召さなかった?﹂
修二は机に転がっているソレを掴み、電源を入れる。
﹁お前、悪戯がすぎるぞ﹂
﹁だって、鈴ちゃん絶対わからないと思って。ちゃんと説明した?﹂
修二はニヤついた顔を隠しもせず聞く。
徹はこの顔にイラついて口を開く。
﹁あぁ、用途を知った途端﹃修二さんひどい、サイテー、もう二度
と連絡してこないで﹄と泣きながら言っていたぞ﹂
それを聴いた瞬間、修二の顔が青ざめた。
﹁マジで??俺嫌われた??嫌だぁー!﹂
修二は机に額をガンガンぶつける。
徹はもちろん、そんな卑猥なものの説明などしていないし、すぐ取
り上げてしまったので鈴華はわからないままだ。
そもそも説明したところで、実際に使ってみせなくては鈴華は理解
しないだろう。
修二には最近やられっぱなしなので仕返しのつもりで言ったが、こ
んなにショックを受けるとは思わず、徹は笑いを堪えるのに必死だ。
﹁まぁ、お前が仕事をもっと頑張ると言うなら、鈴華に修二を許す
165
よう言ってやっても良い﹂
その瞬間、修二は机に座り直すと、山積みになった書類に一気に目
を通し始める。
その姿を見て、徹はまた笑いをかみ殺した。
翌日、鈴華に必死で謝りのメールを送った修二だが、鈴華は自分が
なぜこんなに謝られているのかが理解できず、2,3日返信できな
いでいた。
その間、修二の憔悴しきった姿に、最後は徹も同情するほどであっ
た。
166
番外編︻悪戯︼︵後書き︶
遊び心で書きました。
次の番外編はリクエストの多かった﹁徹の嫉妬﹂で。
167
番外編︻徹の嫉妬︼
﹁飲み会・・・・ねぇ﹂
どうしたらいいかわからない、と言った様子で鈴華は徹の返事を待
った。
短大に通い始めて3ヶ月が経った。
入学して間もなく、﹁料理研究部﹂という部活に勧誘され、名前に
誘われて部室に行ったことがきっかけでそのまま入部した。
数ある華やかなサークルに埋もれるように存在していたこの部活動
は、一応学校側から部費をもらい、認可されて活動している部活だ
った。
しかし、活動回数は月二回。学校内の調理室を借りて料理をしたり、
集まったときにどこのレストランの何が美味しいなど、情報を持ち
寄ったりする。
学園祭では、研究発表としてグループに分かれ、創作料理を発表・
試食会も行ったりする。
部長曰く﹁部費を出してもらう為に、ちゃんと活動しているところ
を見せなくてはいけない。でもそれ以外は自由﹂だ。
その他の活動は有志で企画し、﹁おいしいレストランでランチ会﹂
や﹁レシピ交換﹂なんていうものもあり、鈴華は毎回楽しく参加し
ていた。
相変わらず徹の仕事は忙しく、夜も遅いことが多いため、仲間との
時間も作りやすく、こういった企画に参加していれば寂しさもまぎ
らわすことができたのだ。
168
すっかり顔なじみになってしまったせいか、今度部長が幹事の他の
大学との合同飲み会に参加を頼まれてしまった。
まだお酒が飲める年ではないと断ったが、﹁ジュースもある。食べ
物をその分食べればいいし。参加するだけで良い﹂と頭を下げられ
たので﹁家の人と相談する﹂と
返事を曖昧にして帰ってきたのだ。
明日になれば、また返事の催促をされることだろう。
そして、この話を今しがた徹にし終わったところである。
徹は眉間にしわを寄せて考えていた。
自分にも覚えがある。大学時代は派手に遊びまわっていたし、成人
前で酒を口にすることもあった。
鈴華が飲み会に行くことはもちろん構わないのだ。せっかくの学生
生活、たまには自由に遊びまわるのも良い。
しかしだ。
気になるのは﹁他大学との合同飲み会﹂の部分だ。
鈴華はうまく言葉で丸め込まれているが、要するに﹁合コンの人数
が足りないから来い﹂ということなのだろうと解釈する。
一応、かの人物は部長なわけだから人望もあるだろうし、きっとた
だの人数集めなのだろうが、徹は心配で仕方がない。
この鈴華のことだ。
﹁飲みすぎて気分が悪いから、家まで付添ってくれないか﹂と男に
頼まれたら、100%行ってしまうだろう。
しかも手厚く看病までしそうだ。
そう考えた瞬間、徹の眉間のしわがますます深くなる。
﹁すみません。部長があんなに頼み込んでくるのは初めてで、なん
169
だか断りにくくて﹂
鈴華は肩を落す。
徹は深く溜息をつく。
﹁・・・わかった。何時からどこでやるんだ?﹂
鈴華は部長から送られたメール画面に目を通し時間と場所を伝える。
﹁その時間からなら、大体9時過ぎには終わるだろう。店に修二を
行かせる。鈴華は修二にここまで送ってもらって﹂
場所は都内で徹の会社から30分ほどのところだ。それくらいなら
修二を行かせても仕事に問題ないだろう。
﹁でもそれじゃ、修二さんに迷惑がかかってしまいます。帰りなら
私一人でも・・・﹂
﹁行くならこの条件をのんでくれないとダメだ。それに、お前は俺
の婚約者だろう。夜中に一人でフラフラしてほしくない﹂
徹はつい苛々して、鈴華の言葉を遮る様に声を荒げた。
すると鈴華の目に涙が溜まり、あっという間に大きな瞳からこぼれ
始めた。
徹はしまったと思い、すぐに謝る。
しかし、その涙は止まるどころかどんどんと溢れ出す。
﹁す、すみません・・・・あ・・・した、こと・・わって、きます﹂
こみ上げる嗚咽を堪えながら言う鈴華を徹は抱きしめた。
﹁すまない、つい・・・その、飲み会に・・・男が来ると思ったら
心配で・・・﹂
徹は鈴華を抱きしめる力を強める。
﹁あ、あの・・・男の・・人って??﹂
鈴華はよく理解できないといった様に訪ねる。
170
﹁だから・・・飲み会、男も来るだろう?﹂
徹は気まずそうに顔を背ける。
﹁い、いえ、男の方が来るとは聞いていません・・・あの、その飲
み会はうちの大学の姉妹校とのもので・・・今年の学園祭について
の打ち合わせと・・・親睦会です﹂
もちろん相手先の大学も女子大なので、男性はいないと思うのです
が、と鈴華は涙を拭きながら申し訳なさそうに言う。
徹はそれを聞いた瞬間脱力し、鈴華の肩に額を当てる。
﹁なんだよ・・・﹂
﹁それに、私が婚約していることは周知の事実ですし・・・男性が
飲み会に来る様な場所には誘われません。
大学内で有名なんですよ、徹さん、格好良いから・・・﹂
今度は鈴華が拗ねたように言う。
もともとほとんどが高校から持ち上がりのお嬢様が通う短大だ。親
が企業を経営しているなどの娘達が通っている。
そういった中では徹は有名な存在であった。
これほどの容姿と次期社長という立場でまだ結婚しておらず、つい
最近一回り以上年下と婚約したのである。
その相手が鈴華だと言うことは、いつの間にか知れ渡っており、た
まに徹についてあれこれ聞かれることもあった。
パーティーなどで見かけたのであろう。徹に憧れている女の子もい
るように感じていた。
﹁嫌な言い方をして悪かった。飲み会、行って来ていいから﹂
その徹の言葉に鈴華は曖昧に頷いた。
171
次の日、鈴華は部長に直接会い、理由を添えて飲み会の話を断った。
夜遅くなると、徹が心配なので秘書に迎えを寄こすと言っている。
それでは秘書の方に申し訳がないからと伝えた。
﹁鈴華ちゃん、愛されてるのね。羨ましい。私としては、鈴華ちゃ
んが来てくれたら心強かったんだけど、他の子当たってみるわ。無
理にお願いしちゃってごめんね﹂
と部長も申し訳なさそうに謝った。
鈴華は昼間の会であれば喜んで参加すると伝え、次の授業のある教
室へと急いだのだった。
昼過ぎに徹の携帯が震え、メールを受信したことを告げる。
この携帯にメールを送る相手は鈴華のみなので、急いで手にとりチ
ェックをする。
﹁飲み会の件はきちんとお断りできました。昨晩はすみませんでし
た﹂
とあり、徹はその場に突っ伏し机に額をつけた。
自分のつまらない嫉妬で、鈴華を辛い立場に立たせてしまったと後
悔が押し寄せる。
一回り以上年上なのだ。たとえ男が参加してようとも、もっと余裕
を持って飲み会くらい行かせてやれば良いではないか。
女だけの飲み会にも参加させない婚約者など、束縛しすぎもいいと
ころだ。
鈴華のことだからうまく言ったに違いないが、徹は自分が恥ずかし
くて仕方がなかった。
172
﹁飲み会の件はきちんとお断りできました・・・﹂
その声にびっくりして、徹は顔を上げる。
見ると修二が徹の携帯のメールを読んでいた。
﹁なんだよ、鈴ちゃんからのメールで何落ち込んでるのかと思った
ら・・・お前、飲み会断らせたの?﹂
お前、学生時代散々遊んでおいて、と修二は呆れたように言う。
﹁うるさい、人のメール勝手に読むな!﹂
﹁お前が珍しく落ち込んで動かなくなったから、心配してやったん
だよ﹂
修二はケラケラ笑った。
﹁鈴ちゃんも大変だなぁ、こんな束縛男に捕まって。もうちょっと
余裕持てって。あの鈴ちゃんが、男に言い寄られてホイホイついて
行くと思うのかよ?﹂
﹁それは心配していない。無理やりもしくは騙されてついて行きそ
うで怖いんだよ﹂
徹は頭を抱える。
修二も確かにな、と納得したように頷く。
﹁ま、あんまり束縛しすぎて、嫌われないようにな﹂
修二は徹の肩を叩いた。
徹にメールを送り終えた鈴華は、ホッとして体の力が抜けるのを感
じた。
これでひと段落ついた。
徹の手を煩わせることなく、きちんと断ることができたので肩の荷
173
がおりた気分だった。
五十嵐徹の婚約者なのだ。むやみやたらに徘徊して変な噂が立てば、
徹に迷惑がかかってしまう。
いい加減、きちんと自覚し大人の対応を身につけるべきだと鈴華は
自分に言い聞かせる。
いつになったら、徹に追いつけるのだろうかと鈴華は徹との年齢差
を計算し、深く溜息をついた。
その夜、徹は仕事を早く切り上げ、10時前に帰宅をした。
丁度風呂上りの鈴華が髪を乾かしながら、びっくりしたように徹を
見る。
﹁すみません、今日早く帰ってくると知らなくて・・・﹂
鈴華は濡れた髪のまま、おかえりなさいと恥ずかしそうに言った。
徹はそんな鈴華をぎゅっと抱きしめる。
﹁すまない、つまらない嫉妬で結局飲み会断らせて・・・﹂
鈴華は首を横に振る。
﹁私こそ・・・もっと徹さんの婚約者として、相応しい行動をしな
くてはいけないのに・・・﹂
徹は鈴華の唇を自分の唇でふさいでしまうと、深く口づけする。
﹁鈴華は何も悪くない。せっかく進学したんだ。あまり俺のことは
考えずに、学校生活楽しんでほしい﹂
何度も執拗にされるキスに、鈴華はまたも思考を奪われ、頷くしか
できなくなってしまう。
﹁このまま、抱いて良いか?﹂
乱れた呼吸のまま、徹にそう言われ、鈴華は頷く。
174
その瞬間体を持ち上げられ、徹のベッドまで運ばれてしまう。
慣れた手つきであっという間にパジャマを奪われ、裸にされてしま
う。
いつもより荒々しい手つきに、鈴華は思わずぎゅっと目をつぶる。
怖いわけではなかった。
あの夜、ホテルで抱かれて以来、何度かこのベッドでも抱かれた。
いつでも徹は優しく、緊張する鈴華を時間をかけて愛してくれてい
た。
今でさえ、徹の手は鈴華を気遣うように触れている。
結局自分は、徹にいつも気遣われ、まだまだ対等な立場にはなれな
いのだ。
そう思うと自然に目頭が熱くなる。
鈴華の変化に気がついた徹は﹁怖いか?﹂と聞きながら鈴華の頭を
撫でた。
思い切り頭を振り、鈴華は否定する。
﹁いつも、徹さんは優しいから・・・徹さんのために何もできない
自分が・・・悲しいです﹂
徹はそれを聞き、優しく微笑む。
﹁鈴華は、俺の側にいてくれるだけでいい﹂
鈴華はそう言った徹にぎゅっと抱きついた。
﹁徹さん・・・大好き・・・・﹂
鈴華は徹を逃がさないとでも言うように、抱きしめる腕に力をこめ
る。徹はそんな鈴華を力強く抱きしめ返した。
﹁・・・今日は、優しくしないでください・・・﹂
徹は苦笑する。
﹁それはできない、お前は大事だから壊れると困る﹂
﹁壊れてもいいです。徹さんの・・・・好きなようにされたいです﹂
徹は一瞬言葉を失った。しかしそれと同時に、自分の下半身に熱が
175
こもるのがわかる。
﹁あんまり、煽るなって﹂
徹は鈴華の耳たぶに噛み付いた。
痛いはずなのに、徹の吐息が耳元をくすぐって、その痛みさえも快
感に変わる。
鈴華は無意識のうちにねだる様に徹にしがみつく。
それに触発された徹は、鈴華の首筋に歯をたてると、鈴華の肌に吸
い付く。
もっと、とうわ言のように囁く鈴華の体に、ひとつひとつ印を刻ん
でいく。
たくさんの徹の印をつけられた鈴華の中心は、愛撫が必要ないほど
に濡れており、徹は驚いた。
こんなにも自分を求め、欲情する姿は初めてだ。その姿は純真無垢
が似合う、普段の鈴華とは違い、女としての色気が漂っている。
それにあてられて、徹はいつもより激しく鈴華の体を愛撫した。
しかしいつもより興奮しているとは言え、まだまだ経験の少ない鈴
華だ。
丁寧に指で鈴華の中をほぐしていく。
もう知り尽くした鈴華の一番感じる場所をせめ立てると、鈴華の体
はのけぞり、その唇から絶え間なく喘ぐ声が漏れた。
徹は指を引き抜くと、鈴華の股に顔をうずめ、あふれ出てくるもの
を舌で舐めあげる。
﹁とお・・・るさん、や・・・・です・・・﹂
少し冷静になった鈴華が腰を引こうとするが、それをさせまいと徹
はその腰を両手で引き寄せる。
﹁俺を煽った・・・責任は取ってもらうぞ、鈴華﹂
ゾクっとするような、甘く低い声で言われ、鈴華に羞恥心がわきあ
176
がる。
しかし、徹の指と舌に翻弄されて、すぐに何も考えられなくなって
しまった。
避妊具をつけた徹が鈴華の中に押し入る。
いつもより早急な動きに、鈴華の嬌声が部屋に響く。
嫌がっているわけではなく、むしろ徹の動きに合わせるように腰が
動いていた。
徹はその姿に安心すると同時に、欲情し、いつもよりも激しく腰を
打ち付ける。
﹁鈴華・・・愛してる﹂
徹は何度も鈴華に囁きかけ、その夜は執拗に鈴華の感じる場所を攻
め続けたのであった。
翌朝、目覚ましが鳴る少し前に起きた徹は、すっきりとした顔でシ
ャワーを浴び、仕事にいく準備を始めた。
一方の鈴華は目は覚めているのに、疲労感に襲われベッドから動く
こともできない。
﹁すみません・・・・立てません﹂
そう言う鈴華に徹は苦笑しながらキスをする。
﹁今日は一日ゆっくりして、体を休めるんだ。昨日は鈴華の言葉に
甘えて、たくさんしすぎた﹂
鈴華はなぜ、徹はこんなに元気でいられるのだろうかと不思議でな
らなかった。
﹁男を煽ると、こういうことになるって勉強になっただろう?﹂
鈴華は顔を真っ赤にしてコクリと頷いた。
177
﹁あまり無理をして、俺に合わせる必要はない。鈴華は今のままで
十分だから﹂
徹は鈴華に微笑み、布団をかけ直してやる。
徹の匂いのする布団に包まれて、鈴華は自分でも気がつかないうち
に眠りに落ちていった。
次に目が覚めたときは、もうとっくに昼も過ぎており、初めて学校
をサボってしまったと鈴華はがっくりと肩を落したのだった。
178
番外編︻徹の嫉妬︼︵後書き︶
苦手なラブシーン、頑張ったつもりが随分コンパクトに仕上がって
しまいました。申し訳ないです。
リクエストのあった﹁周りが呆れるくらいの溺愛加減﹂、次回行か
せていただきます!
書いていたら長くなってしまったので、2,3こに分けてUPする
かもしれません。
お暇な方は引き続き、よろしくお願いします。
追加
名前変換ミスがありました!ご指摘くださりありがとうございます。
﹁サーキット﹂に失敗したのにも関わらず笑ってしまいました︵笑︶
179
番外編︻鈴華の苦難︼?︵前書き︶
長いお話になりましたので3話に分けました。
180
番外編︻鈴華の苦難︼?
五十嵐と清川の企業合併が正式に発表されたのは9月に入ってから
であった。
それと同時に徹と鈴華の婚約も正式に発表された。
関係者の人々には2人の婚約は早期に知らされており、人の噂の力
をかり、2人の婚約は周知の事実であった。
しかし、正式発表後は、鈴華にも徹の婚約者としてパーティの出席
や挨拶回りに付き添う場面が出てくる。
慣れないドレスにヒールの高い靴。
挨拶をされるたびに顔と名前を覚えていくのは、容易ではなかった。
徹は鈴華を気遣い、ゆっくりやっていけばいいと言うが、鈴華はそ
れではダメだと必死に徹についていく努力をする。
それでも失敗することもあったが、まだ19歳の鈴華を大半の大人
たちは温かい目で見守っていた。
実際、五十嵐の婚約者にケチをつけられる者はおらず、また、徹の
冷たい雰囲気を、鈴華の初々しい姿が緩和して、和やかな雰囲気に
なることの方が多かったのだ。
しかし、パーティーに来ている複数の女性たちから、鈴華は鋭い目
で睨まれることが多々あった。
181
徹に想いを寄せていた女性たちなのであろう。
最初はただ不躾な視線を送られているだけだったのだが、一人の女
性の行動がだんだんとエスカレートし始めていった。
徹と離れた隙を見計らって足を踏まれたり、立食パーティーの時は
持っていたお皿を弾き飛ばされたこともあった。
その程度なら、自分の粗相として流すこともでる。
しかし、鈴華が何も言わないことをいいことに、一人になった鈴華
に堂々と文句を言ってくるようにもなった。
今回は特にひどいものだった。
トイレに立った鈴華を待ち伏せしていたのか、化粧室に入った瞬間、
その女性に頬を叩かれた。
﹁あんた、いい加減目障りなのよ﹂
その女性は綺麗な顔に不釣合いなほど、目を吊り上げて怒っていた。
鈴華はどうして良いのかわからず、立ち尽くす。
﹁政略結婚でしょう?五十嵐さんも可哀想。こんな貧相な子供を押
し付けられて。私だったら、きちんと慰めてあげられるのに﹂
と勝ち誇ったような顔をする。
﹁私と婚約話を進めるも破棄するも、徹さん次第です。私に文句を
言われても、お伝えすることもできませんし、何も変わりません﹂
鈴華が冷静に返すと、その女性は更に目を吊り上げヒステリックに
怒る。
﹁そういう余裕な態度も気に入らないわ。私が本気になれば、五十
182
嵐さんだってあんたを捨てるでしょうね。
そんなまな板みたいな体で、つなぎとめておけると思っているの?﹂
この女性に何を言っても無駄なのだ。鈴華はそう悟り、黙って文句
の数々を聞き入れる。
そのかわり相槌も打たず、反応すらしない。
ただ嵐が過ぎるのを待つだけだ。
そんな態度の鈴華に更に怒りを募らせた女性は、鈴華の肩を思い切
り押すと、化粧室から出て行った。
鈴華はほっと胸をなでおろす。
用を済ませ、外に出ると頭上から声がした。
﹁あんたも大変だなぁ﹂
見上げると、とても背の高い青年が苦笑いで鈴華を見下ろしていた。
徹も背が高いが、この青年のほうが少し高いかもしれない。
﹁通りがかったらすごい声が聞こえたから、相手は誰なんだろうと
思って待ってたんだ。まさか、五十嵐さんの婚約者とはね。
あの女、タダでは済まされないってわかってるのかな﹂
男はクスクス笑う。
﹁俺、椎名翔太。椎名建設わかる?そこの息子﹂
椎名と名乗った青年は、歯を見せて笑った。椎名建設と言えば、日
本でも屈指の大きな建設会社だ。
TVをあまり見ない鈴華でさえ、その会社のCMは見たことがあっ
た。
﹁で、あの女のこと五十嵐さんに言うの?俺、それも見たいわ﹂
と笑う。
﹁・・・・いいえ、あの方のことは私からは・・・﹂
鈴華はうつむいた。
183
口を開いたら泣いてしまいそうだった。
貧弱な体は自覚していた。他人に言われるとこんなにも傷つくもの
だとは思わなかったのだ。
それに加えて、かの女性は女性らしいセクシーな体つきで、鈴華に
はない派手さを備え持っていた。
時々、噂話で耳にすることがある。以前徹が付き合っていた女性は、
こういうタイプが多かったらしいと。
まるで、姉の麗華のように。鈴華が望んでも手に入らないものを持
っている。
﹁なんで?ムカつかないの?君の婚約者に言えば、一発で排除して
くれるよ﹂
鈴華は頭を横に振る。
﹁これ以上、徹さんのお荷物にはなりたくないんです・・・・お願
いです・・・・今聞いたことは忘れていただけないでしょうか﹂
鈴華は目に涙を浮かべた。
翔太は少し考えてから、困ったように眉を下げた。
﹁・・・・ん、わかった。その代わり、ちょっとこっちおいで﹂
と翔太に空き部屋に引っ張られる。
﹁ここで待ってて﹂と言い残し、翔太はその部屋から出て言った。
鈴華はあふれる涙をメイクが崩れないように必死にハンカチで拭う。
暫くして戻ってきた翔太は手に氷とタオルを持っていた。
﹁派手に叩かれてたみたいだから、念のため﹂
タオルに氷を包み、鈴華の頬に当てる。
﹁あり・・・・がとうございます﹂
鈴華はお礼を言う。
﹁お荷物になりたくないって言うけど、男は頼られたほうが嬉しい
184
モンなんだぜ﹂
エスカレートする前に伝えたほうが良いと思うけど、と翔太は言う。
﹁なるべく、一人で解決したいです﹂
という鈴華に﹁頑固だなぁ﹂と翔太は笑った。
その笑顔につられ、鈴華も微笑む。
﹁元気になったみたいだし、そろそろ婚約者さんの元に帰らないと
心配されるぞ﹂
翔太は鈴華の頬にそっと触れると﹁健闘を祈る﹂と言い、ドアから
出て行った。
鈴華もその場で少し化粧を直すと、徹のいる会場へと戻った。
それから、頻繁に行われるパーティーにその女性は毎回のように現
れた。
必ず一人の時を狙うようで、徹や他の人々といるときは決して手を
出してはこない。
それがわかっているからか、トイレに立ったり、やむを得ない状況
の時には、翔太が姿を現し、付き添ってくれることが多かった。
翔太が調べたところによると、その女性の名前は杉下真奈。年齢は
30歳で、やはり父親が投資家らしく五十嵐のパーティーには毎回
参加しているらしい。
なのでいつも父親に付いて来ている様だ。
以前、徹とも交際をしていた期間があるようなことも聞き、鈴華は
185
ますます落込んだ。
徹と杉下真奈が親しげに話している様子もたまに見かけた。
そのたびに、杉下は勝ち誇ったような目で鈴華を見やるのだ。
居心地の悪さと、徹と杉下が一緒にいるところを見たくなくて、鈴
華はお手洗いに立つフリをして会場を出る。
それが最近のパターンであった。
﹁そんなに落込むなって、女は体じゃない。俺はどっちかというと
気が強い女より、お前みたいにおしとやかな方が好きだぞ﹂
翔太は励ますように言う。
﹁ありがとう・・・﹂
怪しまれないように距離をあけて、見守ってくれている翔太に鈴華
は感謝した。
あれ以来、何度か翔太と会話することもあり、同じ年だと言うこと
もわかり、親近感が増す。
そのため、鈴華は自然と友達のような感覚で接することができるよ
うにもなった。
﹁つーか、無償でボディガードなんて、俺も優しいよなぁ﹂
その言葉に、鈴華はクスクス笑う。
﹁パーティーが退屈なんでしょう?そして、実は、私と彼女の間に
修羅場が訪れるのを待っている﹂
﹁うーん、バレたか。ゴシップ大好き﹂
翔太も笑う。
﹁しかし、お前、あの女マジで気をつけないと。最近悪さ出来ない
せいか、これでもかってくらいお前のこと睨みつけてるぞ。そろそ
ろ五十嵐さんに言えって﹂
翔太は呆れたように言う。
186
﹁うん・・・﹂
﹁俺も長い事ボディーガードはできないしさ﹂
翔太が言ったその言葉に、鈴華ははっとさせられた。
結局、徹に迷惑をかけない為に、翔太に迷惑をかけているではない
か。
翔太のおちゃらけた性格に甘えていたが、彼だってここに遊びに来
ているわけではないのだ。
自分の不甲斐無さに、鈴華はまた落込む。
﹁バカ、気にすんなよ。俺はただ好奇心でこうやってるだけだから﹂
翔太は焦ったように言う。
﹁うん、ごめんね・・・徹さんに話してみる﹂
そう言って、翔太とわかれた。
化粧室の一件以来、杉下真奈という女性は、鈴華の携帯のアドレス
を入手したらしく、執拗に迷惑メールを送り続けていた。
その内容は﹁死ねブス﹂からはじまり、今では読むのも辛いくらい
のものも送られてきていた。
なるべく見ないようにはしていたが、決して良いことが書かれてい
ないとわかっているメールは、受け取ることだけで相当なストレス
となった。
鈴華は自分でも気がつかないうちに食欲も落ち、体重も少し減って
しまった。
ますますまな板になってしまう、と思いつつも、食べ物を体が受け
つけないのだ。
徹にも心配されたが、これ以上心配させたくないと、とうとう杉下
真奈のことを言えずにいた。
187
188
番外編︻鈴華の苦難︼?
﹁おい、あんた・・・すごいやつれたな﹂
翔太は、次のパーティーで鈴華を見かけ、驚いたように声をかけた。
﹁うん・・・・﹂
鈴華は無理に笑う。
﹁あいつ、まだ何かやってきてるのか?﹂
その問いに鈴華は小さく頷く。
何をされてるのか聞かれ、メールの内容をかいつまんで話した。
﹁てか、まだ五十嵐さんに言ってないのかよ。いい加減言えって。
お前の痩せ方尋常じゃないし、絶対気づかれるぞ﹂
翔太の必死さに自分はそんなにおかしいのか、と鈴華は泣きたい気
持ちになった。
うまくいかないのだ。
うまくいかせようと思っているのに、頑張っているつもりで全てが
空回りする。
鈴華はここがパーティーの真っ最中だということも忘れて、涙を流
す。もう自分でも止めることができないほど、精神的に追い詰めら
れていた。。
﹁ば、ばか、こんなとこで泣いたら、俺が悪いみたいじゃんか!﹂
翔太は焦って、鈴華を会場から出そうと、その身を隠すように歩き
始めた。
すると、鈴華のすぐ上で、今度は徹の声が響く。
189
﹁失礼、私の婚約者がなにか﹂
そう言われて、振り向く。声は穏やかなのに、徹の表情は笑ってい
なかった。
﹁よければ彼女を返してくれないか﹂
そう言う徹の目は翔太が掴んでいる鈴華の腕に注がれる。
翔太は鼻で笑う。
﹁っていうかさ、五十嵐さん本当にこいつのこと考えてるわけ?﹂
腕組みをして翔太は徹を睨みつける。
翔太の背は徹に負けないくらい高い。
鈴華と同じとしであるが、貫禄は五十嵐と同じくらいあった。
﹁どういう、意味かな?﹂
徹はその言葉に苛立ちを隠しきれない表情で問う。
﹁こいつが悩んでること知ってて何もしねえのかよ?それとも本当
に知らないのか?そうだとしたら相当なアホだな。それで経営者が
務まるの?﹂
蔑んだ様に言う翔太に徹は怒りを露にし、拳を握り締める。
﹁何が言いたい?﹂
騒動を聞きつけ、周りがざわめく。
修二がそれに気がつき、2人の間に立った。
﹁鈴華に聞けば?婚約者なら、もっとよく見てやんなよ﹂
そう言って翔太は会場から出て行った。
その後から、騒ぎを聞きつけてやってきた翔太の父親が真っ青な顔
で徹に非礼を詫びている。
しかしそんなことも耳に入っていないかのように、黙ったまま徹は
鈴華を見た。
鈴華は怯えたように徹から目をそらした。
その瞬間、徹は鈴華の腕を引っ張り会場を出ると、適当な空き部屋
190
に入り鍵をかける。
﹁あいつとは、どういう関係なんだ?﹂
押し殺したような声に、鈴華は思わず後ずる。。
﹁なぜお前を﹃鈴華﹄と呼ぶ?﹂
徹は逃げる鈴華の腕を掴み、引き寄せた。
その乱暴な動作に、鈴華は恐怖がこみ上げた。
﹁あいつが好きになったのか?﹂
その問いかけに鈴華は首を大きく横に振る。
﹁じゃあ何で!﹂
徹は側にあったテーブルに鈴華を無理やり押し倒す。背中を強く打
ちつけた鈴華は痛みで顔をゆがませた。
﹁何であいつに言えて、俺に言えないことがある﹂
鈴華はとっさに謝る。
それが徹の怒りに火をつけた。
﹁最近、あの男がお前の周りをちょろちょろしていたのはわかって
いた・・・﹂
徹は鈴華の首筋に唇を這わせる。
その乱暴な様子に、鈴華は怖くなった。
初めて会った時と同じ顔をした徹が、鈴華を見下ろしている。
逃れようと暴れる鈴華を徹は簡単に押さえつける。
あの時と同じように。
﹁い・・・やめてください・・・・怖い!﹂
その声に徹は我に返り鈴華から体を離す。
しかし、鈴華は自分から徹の重みが消えた瞬間、とうとう意識を手
191
放してしまった。
﹁軽い栄養失調ですね﹂
未だ意識の戻らない鈴華を診察した医師は、そう言って看護婦に点
滴をするよう指示する。
﹁最近食べてなかったんじゃないかな。だいぶ疲れているようです。
しばらくは安静にするように﹂
そう言うと、医師は席を立った。
徹はお礼を言うと、青白い顔で横たわる鈴華を見た。
鈴華が意識をなくした後、徹はいくら呼びかけても答えないことを
心配し、救急車を呼んだ。
それを待っている間、この騒動を聞きつけ戻ってきた椎名翔太とい
う男に衝撃的な事実を聞かされた。
﹁あんた、マジ何も知らなかったのかよ?鈴華はな、変な女に付き
まとわれて意地悪されてたんだよ。嘘だと思うなら鈴華の携帯見て
みろよ!
その女から送られてきたアホみたいなメールで、食事もまともに取
れないって言ってたんだぞ﹂
横で椎名の父親であろう男が、翔太の口のきき方をたしなめる。
﹁気にしないでください﹂
と徹はその男に言い、鈴華の携帯の受信箱を開く。
おびただしい数の迷惑メール。すべて同じ差出人からで、受信箱は
他のメールを見つけられないくらいその女のメールで埋め尽くされ
192
ていた。
﹁なんだ・・・・これ﹂
徹は頭を抱えた。
﹁杉下真奈っていう女だ。前に五十嵐さんと付き合ってたって聞い
たけど﹂
翔太は言う。
徹は記憶のすみから、その女の顔を思い出す。少し派手で、父親が
投資家だった。
ずいぶん熱心に言い寄られ、何度か寝たことがある。しかしそれも
2、3年ほど前のことで、存在すら忘れていた。
﹁何であの女が・・・﹂
﹁女の嫉妬は怖いぞ。鈴華を排除して、自分の番が回ってくるまで
ああやって五十嵐さんの婚約者をいじめ抜くんだろうな﹂
と翔太は苦笑する。
﹁俺は何度も五十嵐さんに相談しろって、鈴華に言ったんだ。あい
つが叩かれてるの見たからな、放って置けなくて。
でもあいつ﹃お荷物になりたくない﹄ってずっと黙ってたんだ﹂
徹は頭を抱える。
またやってしまった。
勘違いから、鈴華を傷つけた。もう絶対しないと誓ったのに。
この椎名翔太が最近、鈴華の周りにいるのは気になっていた。それ
ばかりに気をとられて、翔太がなぜ側に居るのか考えもしなかった
のだ。
徹は鈴華の腕に点滴の針が入れられていく様子を呆然と眺めていた。
ゆっくりと液体が鈴華の腕へと吸い込まれていく。
徹は鈴華が目を覚ますことが急に怖くなった。
自分を見た鈴華はまた恐怖をたたえた目で自分を見るのだろうか。
193
徹は居たたまれなくなり、病室の外に出るとタバコを吸う為に外へ
と出た。
目をあけると見慣れない天井が目に入る。
周りを見るとメタルの棒にぶら下がった点滴の管は、自分の腕へと
続いている。
消毒液のにおいが鼻に付き、自分が病院にいることを悟った。
あれから、自分はどうなったのだろうか。
徹を怒らせてしまったことだけは覚えている。
起き上がろうと思ったが、体が鉛のように重く、言うことをきいて
くれない。
どの道自分の腕に刺さっている点滴のおかげで、ベッドから降りる
ことはできないのだ。
鈴華は諦めたように頭を枕に埋める。
ドアがノックされる音が聞こえ、そちらに顔を向ける。
入ってきたのは翔太であった。
﹁お、起きてたのか﹂
翔太はゆっくりと近づき、鈴華のベッドの横にあった椅子に座る。
﹁今、起きたの。翔太君どうしてここに?﹂
鈴華はかすれた声で聞いた。
194
﹁五十嵐さんについて来いって言われたんだよ。で、今まであった
こと全部吐かされた﹂
バレちゃったな、と翔太は苦笑い。
﹁ごめんね、迷惑かけて。結局は何もできなかったし、徹さんに伝
えることすら自分でできなかった・・・・﹂
鈴華の頬を涙が伝う。
﹁泣くなって。五十嵐さんすげぇ心配してたぞ。これでもうあの女
もちょっかいかけて来られないだろうし、しばらくゆっくり休め﹂
翔太は鈴華の頭をぐしゃぐしゃ撫でる。
そこへ、またも病室のドアがノックされ、今度は徹が入ってきた。
﹁鈴華・・・良かった、目が覚めて﹂
徹はホッっとしたような笑顔で言う。
翔太は﹁またな﹂と言い、早々に病室から出て行った。
﹁あ、あの、翔太君はパーティーでお友達になった人で・・・一度、
女性の方と言い合いになった所を聞かれてしまって・・・﹂
翔太と親しくなった経緯を、鈴華はその後何と説明したらいいのか
わからず、下を向いてしまう。
徹はそんな鈴華をそっと抱きしめた。
﹁すまなかった、お前がそんなになるまで気がつかないで・・・・
変な嫉妬までして・・・﹂
徹は鈴華を抱きしめる腕に力を入れる。
﹁もう・・・俺のこと嫌になったか?﹂
その問いかけに鈴華はびっくりして首を横に何度も振る。
﹁私は、徹さんのこと嫌いになったりなんてできません。と、徹さ
195
んこそ、綺麗な女の人に囲まれていたし、私の・・・貧相な体に・・
・・飽きてっ﹂
飽きてしまったのではないか、と聞こうとしたが、その先は徹の唇
によって、口をふさがれ、言うことができなくなった。
﹁俺がこうしたいと思うのは、鈴華だけだ。他の女なんか、どうで
もいい﹂
そう言うと、再び鈴華にキスをする。
﹁で、でも、あの方は、徹さんのこと、とても好きみたいでした。
お付き合い・・・されていたとか﹂
鈴華は徹のキスをかわして、そう告げる。
徹は深く溜息をつく。
﹁鈴華に会う前は、色々遊んではいたが、付き合った女性はいない。
こういう事、あまり鈴華には言いたくないけど、その場限りだ﹂
徹は頭を抱えながら言う。その耳はほんのりと赤くなっていた。
﹁後腐れなくしてきたつもりだったが、未練を残すようなやり方を
した俺が悪い。お前に嫌がらせした女の事は気にするな。
もう変なことはさせないようにした。だから、鈴華が気にすること
は何もない﹂
鈴華はその言葉に少し心が乱れるのを感じた。
一回り以上も年上の徹が自分より経験が多いのは当然だ。頭ではわ
かっているが、やはり今まで付き合っていた女性のことが気になっ
て仕方がない。
徹のことだ。今回の女性のように綺麗で体つきも女らしい女性と関
係を持ってきたのだろう。
自分の胸を見下ろして、鈴華はまた落ち込む。
196
﹁変なこと、考えてるなよ。俺は鈴華だから結婚したいんだ。お前
が好きだから、あんなガキに嫉妬もするし、いつも心配で仕方がな
い﹂
ガキ、と聞いてそれが翔太のことだと、鈴華気がつくのに少し時間
がかかった。
﹁ガキ・・・・・・翔太君と私は同じ年です﹂
そう言って、また更に落ち込む。
﹁揚げ足を取るなよ。とにかく、愛してるのはお前だけだって言っ
てるんだ。何回も言わせるなよ﹂
徹は真っ赤にした顔を隠すように、鈴華を抱きしめる。
言葉より、普段のポーカーフェイスを崩した徹の姿に、鈴華は嬉し
くなって頷いた。
﹁さて、倒れたのは栄養失調らしいから、この点滴が終わったら帰
って良いそうだ。あとは自宅でゆっくりして、うまいものでも食べ
よう﹂
徹は微笑んだ。
197
番外編︻鈴華の苦難︼?︵後書き︶
次でラストです。
198
番外編︻鈴華の苦難︼?
それからの徹は過保護だった。
病院から車まで少しの距離も鈴華を抱き上げ、車から降りて、自宅
マンションの玄関に着くまでも鈴華を歩かせなかった。
他の人に見られたらと気が気ではなかったが、徹は平然と鈴華を抱
えあげる。
﹁暫くは外出禁止な﹂
徹は鈴華をベッドにおろすと、そう告げた。
外出禁止どころかベッドからも下ろしてもらえそうにない。
徹は抜かりなく、きちんと鈴華の食事の手配もしていた。
鈴華の母親は料理が苦手で、自分で作ることもしない。それは徹の
母親も同じであったが、徹の実家は家政婦を雇っている。
その女性が、徹の婚約者が倒れたことを心配し、食事を作って持っ
てきてくれるらしい。
3度の食事も心配しなくていいのだから、と徹は嬉しそうに鈴華か
ら家の鍵を取り上げてしまう。
これではまるで軟禁である。
実際、鈴華が外に出ると心配でならない。短大に入学してからは特
にだ。
変な虫がついた上、鈴華自身に大変な事が起こってもギリギリまで
隠す。誰かに騙されないか毎日心配で仕方ないのだ。
ずっと鈴華が家にいると思うと、徹は安心して仕事ができる。
199
いっそこのまま、閉じ込めてしまおうか、と徹は危ない思考に走っ
た。
﹁徹さん、とても嬉しそうです。やっぱり私が外に出ることは嫌で
すか?﹂
鈴華は徹の表情から、その思考を読み取ったかのように言う。
﹁いや・・・鈴華は可愛いから、すぐ変な男が寄ってくるだろう﹂
徹は鈴華の髪にゆびを通す。
無意識なのだろうが、徹はよく鈴華の髪の毛を触る。鈴華も徹のこ
の行為が好きで、いつも黙ってされるがままだ。
﹁本当はパーティーにも出席させたくない。綺麗にドレスアップし
た姿の鈴華に、何人の男が目を奪われていると思う﹂
鈴華も、徹に目線が釘付けになっている女性たちを幾人も見てきた。
そして今回、その一人から嫌がらせまで受けていたのだ。
﹁このままここに閉じ込めておけたらと思ったよ。俺だけのために
存在する鈴華でいてほしい﹂
鈴華は髪の毛を触る徹の手のひらに頬を寄せた。
﹁私はいつも、徹さんのためだけにここにいます﹂
ふいにそう言われ、徹は不覚にも顔を赤くする。
鈴華に改めて言われると、照れてしまう。
﹁徹さんが外に出るたびに、他の女性が寄ってきて、親しげに話す
姿はもう見たくありません。もうずっとこの手を離さずに、ここへ
閉じ込めてしまいたい﹂
真剣に言う鈴華に、徹は思わず手を引っ込める。
﹁い、言われてみると、結構困るな﹂
と徹は苦笑いした。
鈴華はそうでしょう、と微笑んだ。
200
一本取られたと徹は思った。
これは体調が回復したら、いつも通りに生活をさせてもらうと言う
鈴華の意思表示だ。
徐々に大人の女性へと成長している鈴華を、少し扱いにくくなった
な、と徹は思ったのだった。
それ以来、鈴華は携帯を新しく買い換えたため、脅迫めいたメール
が来ることはなかった。
パーティーに参加しても、例の杉下真奈の姿を見かけることはなく
なった。
あんなにしつこかった彼女をどうやって諦めさせたのか、一度徹に
聞いてみたが、うまくはぐらかされてしまった。
相変わらず翔太は、パーティーで会うと気さくに声をかけてくれた
ため、理由を知らないかどうか尋ねてみる。
最初はなかなか口を割らなかったのだが、鈴華に﹁当事者の自分だ
け仲間はずれみたいで悲しい。誰も何も教えてくれない﹂と涙目で
言われ、とうとう答えてしまう。
事のすべてを知った杉下真奈の父親は、あの後土下座までして、非
礼を詫びたらしい。
徹と鈴華は結果的に好き合って婚約しているが、元は会社の合併に
伴う政略結婚なのだ。
大事な取引先の娘でもある鈴華を、ここまで精神的に追い詰められ
201
て、現社長である徹の父親も黙ってはいなかった。
代わりはいくらでもいるのだ。
鈴華をこれ以上傷つけられないためにも、一度は取引の中止も考え
た。
しかし、徹も過去にこの杉下真奈と付き合いがなかったわけでもな
い。一方的に相手を責めることはできない。
そして﹁もう一度チャンスがほしい﹂という杉下に根負けし、今で
は取引を続けている。
徹は彼女との関係をはっきりさせるためにも、一度面会を申し出た
そうだが、自分の娘の不始末はこちらでつけるとそれを拒否したら
しい。
真奈はパーティーに出入り禁止はもちろん、徹や鈴華に近寄ること
すら許されない。
父親の目をかいくぐって、また同じ過ちを繰り返させないために、
地方にある親戚の家に行かされたのだとか。
﹁たぶん、その親戚宅でお見合いを適当に持ち出されて、結婚でも
させられるんだろうな﹂
と翔太は笑った。
徹に恋焦がれる気持ちはわかる。
自分がどんなことをされようとも、徹の側から離れたくないように、
彼女もまた徹を諦め切れなかっただけなのだ。
そう思うと、もう杉下真奈の存在に怯えなくて良い反面、鈴華はな
んとなく、彼女に対し気の毒な思いがした。
﹁一件落着なんだし、あまり深く考えるなよ﹂
202
と翔太は手に持っていた食べかけのプチタルトを鈴華の口に押し込
む。
この会場になっているホテルの売りはタルトケーキなのだ。
鈴華はそんなことを思い出し、口に入れられたタルトを味わう。
﹁美味しい﹂
だろ?と翔太は最後の一口を頬張った。
﹁もっと持ってくるか?せっかくの立食パーティーなんだし、食べ
ないと損だぞ﹂
と鈴華の手を取る。
﹁その必要は無い﹂
鈴華のすぐ横で聞きなれた声がし、2人はそちらを見た。
すると、やはり穏やかな声に反して全く顔が笑っていない徹の姿が
目に入る。
徹は翔太が握っている鈴華の手を振り払うように、2人の中に割っ
て入り、鈴華の口にパーティー用に作られた可愛らしいショートケ
ーキを入れる。
徹に食べさせてもらうというシチュエーションに慣れていない鈴華
は顔を赤くして﹁美味しいです﹂と言った。
﹁あーあ、わかってないなぁ。このホテルのお勧めケーキはタルト
なんだよ﹂
ねぇ、鈴華。と翔太はいつもとは違う甘い声で、鈴華の名前を呼ぶ。
そのらしくなさに鈴華は噴出しそうになるのを必死で堪えた。
自分の大事な婚約者の名前を、そんな風に呼ばれた徹は、パーティ
ー会場ということも忘れて、翔太を睨みつけた。
203
﹁男の嫉妬は怖いね。もっと余裕を持ったらいいのに、婚約者なん
だから﹂
とどこかで聞いたような台詞に、徹は眉間にしわを寄せた。
﹁こんな嫉妬丸出しの束縛男なんかやめて、俺に乗り換えない﹂
徹の反応が面白いのか、怖いもの知らずで物を言う翔太に、鈴華は
オロオロした。
翔太の父親の会社と五十嵐も取引があるはずだ。だからこそ、こん
なに頻繁にパーティーで会うのだろう。
ここで喧嘩してしまっては、お互いの父親に迷惑がかかる可能性だ
ってあるのだ。
﹁翔太君、い・・・言いすぎだよ﹂
﹃翔太君﹄と鈴華の口から親しげに発せられるのを聞き、徹は静か
に頭に血が上るのを感じた。
徹はそっと鈴華の後頭部に手の平を添えると、そのまま引き寄せて、
キスをした。
一瞬のことに鈴華はなすすべも無く、翔太にいたっては驚いて開い
た口がふさがらない。
﹁他の男の名前を口にするのは、イケナイ事だと教えなきゃダメか
な﹂
低く甘い声で鈴華の耳元に囁きかけた徹は、そのままその体を横抱
きにする。
﹁すみません、彼女の調子が優れないようなので、部屋で休ませて
きます﹂
とにこやかに周りに伝えると、そのままパーティー会場の出口へと
足を進める。
204
その様子を見ていた修二は苦笑して徹を見送った。
﹁仕方ない﹂と言った様子で肩をすくめ、周囲に頭を下げる。
何事かとざわつく会場に説明して歩かなくてはいけない。
これはまたボーナスUPを交渉しなくては、と修二は心の中でつぶ
やいたのであった。
翔太の前を通り過ぎる瞬間、周りに聞こえないような低い声で、徹
は言い放った。
﹁俺のモノを束縛して何が悪い。悪いが、お前の入る余地はない﹂
その言葉に、翔太は目を見開いた。
ざわつく会場の中、徹が開けたドアが閉まる音が耳に響く。。
その瞬間、翔太は思わず噴出した。
﹁余裕・・・なさすぎ﹂
しかし、徹に言われた最後の言葉。
﹁入る余地はない﹂その言葉で気づいてしまった。
自分の心は、少しずつ鈴華にむき始めていたのだと。
自分でも気がつかないうちに、徹に指摘されるまで考えもしていな
かった。
欲しいと思う。
五十嵐から婚約者を奪い取るなんてことは、できないことくらいわ
かっているけれど。
自覚した瞬間、あふれ出す気持ちに、痛む胸を翔太は手のひらで抑
え付ける。
﹁報われない恋って、結構キツイんだな﹂
乾いた笑いをこぼし、翔太は父親に先に帰ることを告げると、パー
205
ティー会場を後にした。
ホテルでのパーティーに出席する際は、着替えや休憩用の為に毎回
部屋を取っている。
フロントで鍵を受け取り、徹は鈴華を連れて部屋に戻った。
﹁徹さん、私、気分なんて悪くな・・・・﹂
徹は鈴華の言葉を遮るように深く口付けをする。
そのままベッドルームまで連れて行かれ、あっという間にベッドに
抑え付けられてしまう。
﹁鈴華は、俺の嫉妬心を煽る天才だな﹂
徹はクスクスと笑いながら、鈴華のドレスのチャックを下ろす。
現れた綺麗な背中に、印を刻むように口付けをすると、鈴華の口か
ら甘い声が漏れ始める。
﹁他の男が食べたケーキを口にするなんて、悪い子だね﹂
徹は鈴華の肩に歯を立てる。鈴華は短い悲鳴をあげて、枕にすがり
ついた。
﹁あれは・・・・翔太君が無理やり・・・﹂
徹は少し乱暴に鈴華の体を仰向けにすると、その唇を貪った。
普段とは違う徹の様子に、鈴華は不安げに見上げる。
﹁他の男の名前をベッドに来てまでも口にするんだ?ダメだって言
っただろ﹂
鈴華の小ぶりな胸を弄びながら、その中心部を口に含んで舐めあげ
る。
乱暴に、しかし優しく、徹の全てが鈴華の快感を煽り、抑えきれな
い声が漏れ始める。
﹁鈴華は、ずっと俺のことだけ見ていればいい﹂
あっという間に鈴華を裸にしてしまうと、徹はその足の付け根に顔
206
をうずめる。
鈴華の中を指でじっくりと攻め立てながら、一番敏感な部分を舌で
刺激する。
﹁んんっ・・・・やっ・・・・だめっ﹂
徹に追い詰められ、鈴華はすぐに果ててしまった。
それでも執拗に攻め立てる徹に、休む暇なく喘がされる。
﹁まだ始めたばかりなのに、イくなんて、エロいな﹂
意地悪く微笑む徹に、鈴華は顔を背けた。
それをさせまいと、徹は鈴華の唇に自分の唇を重ねる。
﹁ごめ・・・なさい・・・・ゆるし・・て﹂
いつも終始優しい徹が、こうして意地悪く自分を攻め立てているの
は、怒っているからだと気づき、鈴華は呼吸を乱しながら謝る。
﹁・・・怖い?すまない・・・俺も余裕・・・ない﹂
愛してる、鈴華。
そう耳元で囁かれ、鈴華は目を閉じた。
余裕がないと言うのに、ゆっくりと鈴華を気遣うように、自身を侵
入させる徹に鈴華はその頭をひきよせ頬にキスをした。
﹁好き、徹さん﹂
まっすぐと徹を見る鈴華に、欲望を抑えきれなくなった徹が一気に
体を押し進めて行く。
鈴華の体が快感に弓なりに反る。
その体にいくつものキスを落としながら、徹は欲望を鈴華の細い体
にぶつけた。
徹に全てを知り尽くされている鈴華は与えられる快感に身をゆだね
ることしか出来ない。
感じる場所を集中的に刺激され、鈴華の体が硬直していく。
﹁イキたい?・・・・俺も、もたない﹂
薄く開いた視界から、徹の快感にゆがむ顔が見え、鈴華の心臓が高
207
鳴る。
もっと見ていたいのに、徹に快感へと引きずり込まれ、鈴華はいつ
の間にか意識を飛ばしてしまっていた。
自分の頭を撫でる心地の良い手の感覚に、鈴華は目を覚ました。
﹁す・・・すみません、どのくらい寝ていましたか?﹂
1時間も経っていない、と言われ、鈴華はほっとした。
徹を見ると、もうシャワーを浴びた後なのか、髪がしっとりと濡れ
ていた。
﹁ちょっと、ひどくしすぎたな。怖かったか?﹂
いつもの優しい徹に、鈴華は首を横に振った。
﹁怒っていたわけじゃなくて・・・﹂
徹は珍しく口ごもった。
うわ言のように、最中に謝った事を言っているのだろう。
﹁あの、椎名翔太という奴に、嫉妬した﹂
徹は鈴華から顔をそらす。
鈴華は赤く染まった徹の耳にそっと触れる。
﹁嫉妬なんて・・・私はいつも徹さんしか、目に入っていないのに﹂
鈴華のその言葉に、徹は嬉しさで自分の顔が緩むのを感じた。
﹁私の気持ちは・・・伝わりませんか?﹂
鈴華の手が徹の髪を優しく撫でた。
﹁好きです。ずっと・・・徹さんが手を離さない限り、いつも側に
います﹂
徹は鈴華の体を力強く抱きしめる。
﹁絶対、離さない﹂
そして、また鈴華の体をベッドに横たえると、優しく愛撫しはじめ
た。
208
﹁また、仕事サボることになるな﹂
徹は苦笑する。
﹁大丈夫です。今夜は婚約者の私が、具合が悪いのでしょう﹂
鈴華はクスクスと笑い、徹のキスを受け入れた。
やはり鈴華にはかなわない。
徹は抜け出してきたパーティーのことなど忘れ、鈴華の体をたっぷ
りと堪能したのであった。
209
番外編︻鈴華の苦難︼?︵後書き︶
﹃溜息∼﹄に関しましては、持っていたお話は全て投稿させていた
だきました。
またお話を思いついたらひっそりUPするかもしれません。
番外編までお付き合い、ありがとうございました。
拍手やコメントを下さった皆様にも感謝の気持ちでいっぱいです。
あちらですと、個別にお返事をお返しすることができませんのでT
witterをはじめてみました。
そちらにコメント等いただければお返ししていきたいと思っていま
す。
@megumisimon
よろしくお願いします。
210
番外編︻君を奪えたら︼前編︵前書き︶
終わりと言っておきながら、最後翔太に出てきてもらいたくて書い
てしまいました。
翔太リクエストをいただいた方もいらっしゃったので、その方々が
見ていてくださると良いです。
後編は今日か明日にはUPしたいです。
211
番外編︻君を奪えたら︼前編
短大を卒業後、少しは社会に出たいと言う鈴華の意見を尊重して﹁
やりたいことをすれば良い﹂とは言った。
鈴華をずっと閉じ込めておきたいという気持ちはあったが、鈴華も
色々な経験がしたいであろう。
結婚式まで、もしくは妊娠するまで、自由にすれば良い。
確かにそう言った。
てっきり鈴華は五十嵐の会社か、清川の関連会社に勤めるものだと
思っていたからだ。
しかし、鈴華が就職したいと言った会社名に、徹は頭の血管が数本
切れる音を聞いた。
﹁椎名・・・・建設﹂
わざわざ椎名翔太が会社にいる徹に面会を求めて来たと思えば、そ
こには一緒に鈴華もいて、こう言うのだ。
表向き父親が翔太を連れて来たことになっているが、実際は逆であ
ろう。
徹を前に恐縮している父親と、いつも通り生意気な態度の翔太にイ
ライラが募る。
﹁鈴華が関連会社で働くのは気がひけるって言うから、﹃うちに来
れば﹄って言ったんだ。丁度事務職に空きもあるし﹂
ねぇ、と父親に目線をやる。
椎名建設にとって、もし鈴華を自分の会社に招き入れることが出来
れば、恩を売ることで、会社同士のつながりが強固になる。
212
大方、翔太の口車に乗せられて、ここまでやってきたのだろう。
鈴華から話は聞いていた。
五十嵐の会社では、自分が徹の婚約者だということが全社員に知れ
渡っている。
徹以下全ての社員が鈴華に平伏する姿を見て、とてもじゃないが気
をつかいすぎて、働ける環境にないと愚痴を言っていた。
清川関連の会社も同じである。
かといって全く徹の与り知らない会社で働くことは、徹が良い顔を
しない。
だったら翔太の会社で融通してもらおう、と言うことなのだろう。
普通なら有り難い話だ。
しかし、問題はこの椎名翔太。
この男は鈴華に気がある。隠すどころか、宣戦布告をするかのよう
に徹を睨みつけているのだ。
会社同士の関わりや、翔太の気持ちなど知らない鈴華は名案でしょ
う、と目を輝かせて徹を見つめた。
完全に、鈴華も翔太に言いくるめられている。
徹は痛む胃を抑えた。
次から次へと、蹴落とした分だけ別の邪魔者が湧き上がってくるの
だ。
ここは、とっとと鈴華に妊娠でもしてもらおうか、と徹は本気で考
える。
しかし、勤め出ることをあれだけ楽しみにしていただけに、この提
213
案を無碍にもできない。
NOと言えば、鈴華はきっと徹の見えないところで泣くのだろう。
﹁で、椎名さんは、鈴華の周りに居る者にもきちんと目を配って下
さる、ということでしょうか﹂
そう翔太の父親に問えば﹁もちろんです﹂という返答だ。
﹁彼女は私の大事な婚約者なのです。むやみやたら変な奴が周りに
チョロチョロされるのは困るんです﹂
特に男は。と言いながら翔太を睨みつけた。
徹の睨みにもびくともしない様子で、翔太は真正面からその視線を
受け止める。
﹁事情を知る私の姪を同じ部署に配置させます。その他の社員には
五十嵐さんの意向通り、素性は明かさないとお約束します﹂
と必死で説得にあたる。
姪から逐一動向を聞くことができるというわけか。
徹は暫く考えた後に口を開いた。
﹁絶対に、変な人間を彼女に近づけさせないこと、これが絶対条件
です﹂
と徹は口調を強める。
﹁大事な五十嵐さんの婚約者様、必ず快適に勤務できるよう最善を
尽くします﹂
と椎名が頭を下げた。
その上を徹と翔太の視線が交差する。
﹁もし﹃最善を尽くせなかった﹄場合は、わかっているでしょうね﹂
214
その徹の威圧的な物言いに、椎名は顔を上げることが出来ない。し
かし、これは恩を売るチャンスなのだ。
成功すれば五十嵐との強力な結びつきを持つことが出来る。威圧的
に言われたからとて引き下がれるわけがない。
椎名は﹁はい﹂と返事をする。
﹁ありがとう、徹さん﹂
鈴華の笑顔で、徹の雰囲気が和らぐ。
﹁あまり長く勤務はさせてやれないが、1年か、2年。正式に結婚
すれば忙しくなる﹂
それでも構わないか、と聞く徹に鈴華は嬉しそうに頷く。
﹁少しでも社会の仕組みについて学びたいのです。徹さんの役に立
つためにも﹂
そう言って鈴華は翔太とその父親に向きなおる。
﹁こんな私を受け入れて下さってありがとうございます。勤務させ
ていただく以上、私も全力を尽くして勤めさせていただきます﹂
と鈴華は深く腰を折った。
﹁よろしくな﹂
と翔太は嬉しそうに笑う。
椎名も﹁こちらこそ﹂と腰を曲げた。
翔太の態度に不安が残りつつも、あの調子なら翔太以外の悪い虫は
つくまいと、徹は3人の背中を見送った。
215
4月。
椎名建設の入社式に鈴華は出席した。
他の新入社員に混ざり、翔太の父親のスピーチを聞く。
こうやって、普通に仕事に就けると思っていなかったので嬉しくて
胸がドキドキしてしまう。
本当は就職面接などを経て仕事に就きたかったが、こうして自由に
させてもらうことすら本来であれば出来ないのだ。
贅沢は言えないと隣に目を移す。
同じ新入社員として、総務課に配属された翔太の従兄弟である椎名
楓に目線を向ける。
﹁どうかした?﹂
楓が小声で聞く。
この椎名楓とは、事前に顔合わせは済ませていた。
元々、楓も入社が決まっており、そこへ五十嵐の婚約者である鈴華
の﹁監視﹂を申し付かったのだ。
伯父直々の頼み事に嫌ともいえるはずがない。
どんな奔放なお嬢さんが﹁遊び﹂にくるのかと思えば、いたって普
通。
清楚な美人でいかにもなお嬢様だが、社会経験より家に居るほうが
似合うタイプだ、と楓は思った。
話をしてみれば普通の20歳の女の子。少し世間ズレしているとこ
ろもあったが、天然で通せるレベルだ。
鈴華とは仲良くやっていそうだと楓は思った。
最初はお互い敬語で話していたが、同僚になるのにそれは不自然だ
と、お互い言葉遣いにも気をつけようと決めた。
216
﹁なんでもないの﹂
と鈴華は小声で返してすぐ、前を向いた。
程なくして入社式も終わり、配属先のフロアへ向かう。
途中、営業部へ配属された翔太に会い軽く手を振った。
一団から抜けた翔太がこちらへ向かってきた。
﹁調子どう?﹂
﹁ちょっと緊張してる﹂
と鈴華は苦笑した。
﹁何かあったら言えよ。部署違うけど、一応お前のボディーガード
だからな﹂
翔太は鈴華の頭をポンと撫でた。
﹁もう、ああいうことはないよ。ここには徹さんと私の関係を知っ
てる人いないんだもの﹂
と言う鈴華に﹁一応な。五十嵐さんから預かった大事な人だし﹂と
告げる。
﹁ありがとう﹂
鈴華は照れたように言う。
﹁楓も頼んだぞ﹂
と翔太は低い声で楓に言うと、手を軽く上げその場を去る。
﹁なんか翔太、鈴華ちゃんの前だと態度違う﹂
と楓はむくれた。
﹁そうなの?会った時からあんな感じだけど・・・﹂
鈴華は翔太の背中を見送りながら言う。
﹁あいつ愛想ないし、優しい口調なの初めて聞いた﹂
217
﹁たぶん、出会ったときが最悪だったから、その私を見て可哀想に
思ってるのね。もう解決したことなのに﹂
と鈴華は溜息をついた。
楓もその話は耳に挟んだことがある。どこかのアホな女性が、五十
嵐徹に横恋慕して鈴華を苛め抜いていたと。
その出来事に翔太が関わっていると聞き驚いたのだ。とことん他人
に無関心な翔太が、自ら問題に足を突っ込んでいくなど珍しい。
そして先程の鈴華に対する態度、それを見ると翔太が鈴華に気があ
るのは明らかだ。
そう考えれば、翔太が進んで鈴華をこの会社に引き入れたことにも
納得がいく。
横恋慕は例の女だけではなかったのか。不毛な恋をしている従兄弟
を気の毒に思う。
まさか自分の立場を忘れているわけではないだろう。今五十嵐と敵
対すれば会社の存続すら危うい。
この普通のお嬢様に会社の命運がかかっているのかと思うと、楓は
また緊張してしまう。
自分はとんでもない仕事を引き受けてしまったのではないか。
楓は小さく溜息をもらした。
総務部に配属されたのは鈴華と楓の2人のみ。
それも椎名の配慮なのだろう。
総務部長の所へ連れていかれ、挨拶をする。
デスクでPC画面を睨みつけているメガネをかけた男。
部長というからには年のいった男性を想像していたが、徹と同じく
らいの年齢に見え鈴華は驚いた。
2人はそれぞれ名前を言い﹁よろしくお願いします﹂と頭をさげた。
座ったまま総務部長は目線だけをむけると、口を開いた。
218
﹁あぁ、俺部長の佐野晃。わからないことは新人研修担当に聞いて﹂
2人は﹁はい﹂と返事をする。
しかし入社させてもらった以上、なんとか貢献したい。鈴華は心の
中で気合を入れた。
佐野は予想以上に厳しい男だった。
少しでもミスをすれば罵声が飛ぶ。
それは新人だけにではなく、勤続年数が上であろうと関係ない。
小さな数字のミスが大きなミスにつながる。そのため、妥協は一切
なしだ。
鈴華はなんとかミスをしないよう細心の注意を払って仕事をしてい
たが﹁やることが遅い﹂と叱られる。
﹁すみません﹂と謝り、懸命に手を動かした。
事務仕事なので、ほとんどがデスクワークのデータ入力。
パソコンの知識は短大で習った程度のものだったので、最初は苦労
したが、慣れてしまえば毎日同じ作業。
スピードも少しずつ上がってくる。
しかし、慣れた頃にミスは発生する。鈴華は毎日注意深く、集中し
て仕事にあたっていた。
そのため時間が過ぎるのが早く感じる。
朝来て、いつの間にか昼になり、退社時間になっている。
オフィスの張り詰めた空気、佐野の罵声に最初は疲れ切っていたが、
219
3ヶ月もすれば気にならなくなった。
それどころか、毎日仕事に行くことが楽しくて仕方ない。
学生では味わえない緊張感、専業主婦になったら経験できなかった
であろう疲労感が心地よかった。
改めて自由にさせてくれた徹に感謝した。
大体は定時で帰れる会社らしく、ほとんどの者が定時で退社する。
なので徹が早く帰ってこられる日は料理を作って待っていられるし、
たまに楓や翔太と食事に行くこともできた。
﹁大分慣れた?﹂
金曜日の夜、連れて行かれたカジュアルイタリアンのお店で、翔太
に聞かれ頷く。
﹁楽しいよ。こんな経験できると思ってなかったから嬉しい﹂
と鈴華は微笑む。
﹁でも、部長超厳しいじゃん。私一日怒鳴られずに済んだ経験ない
もの﹂
楓はワインを一気に飲み干す。
﹁佐野部長、厳しいって評判だからな。でも親父のお気に入りなん
だぜ﹂
と翔太は言う。
﹁仕事は出来るかもしれないけどさ、もうちょっと言い方ないのか
な﹂
楓は翔太に愚痴った。
﹁きっと普段は優しいんじゃないかな。小さなミスを見つけるのっ
て大変だと思う。でもそれを見つけて怒鳴ることで、部下を大きな
ミスから守ってるんだと思うの﹂
と鈴華は言った。
﹁さすが、五十嵐の婚約者。言うことが違う﹂
楓は赤い顔で鈴華に絡む。
﹁五十嵐さんも会社じゃ相当怖いらしいもんな﹂
220
翔太の言葉に鈴華は目を見開く。
﹁そうなんですか?徹さんがあんな風に怒鳴り散らしてるの、想像
できない﹂
﹁さすがに怒鳴りはしないけど、威圧的なのは佐野部長以上じゃな
いかな?静かに相手に有無を言わさず要求を聞かせるところとか﹂
徹と一緒にすごして、全てを理解していると思ったがまだ知らない
顔があるんだと鈴華は驚いた。
﹁鈴華の前じゃ、デレデレだもんな。最初見たときびっくりしたぜ﹂
と翔太は笑う。
翔太は父親に付き添って徹との会社を通してのやりとりを見たこと
が何度かあったのだ。
それゆえ、五十嵐徹には近寄りがたいイメージがあった。しかし、
鈴華に関してはかの御曹司も普通の男になる。
それを目の当たりにして親近感が沸いた。
こんな若造の自分に、敵対心むき出しで睨みつけてくる事にも驚い
た。
鈴華を見ていれば他の男が入り込む隙などないとわかりそうなもの
だが、恋は盲目と言ったもので、可愛い婚約者が心配でならないの
だろう。
それが面白くて、からかい半分に徹の攻撃的視線に応戦する。
もう半分は﹁本気で﹂だけど、と翔太は心の中でつぶやく。
たまに、鈴華の笑顔を独占したい。出来ることなら奪って逃げたい
と思うこともある。しかし、鈴華の幸せそうな姿にその考えがバカ
バカしく思えてくる。
誰の側に居るのが鈴華にとって幸せなのか、聞かなくてもわかって
しまう。
その姿に、時折どうしようもなく、胸が締め付けられるのだ。
221
﹁あの五十嵐さんがデレデレ?鈴華ちゃんってやっぱりすごい人だ﹂
楓は驚いたように言った。
その言葉に鈴華は顔を赤らめる。
﹁そうだよね、鈴華さん可愛いもん。お嬢様なのに嫌味じゃないし、
優しいし、そういうとこ好きになったんだろうね﹂
楓が続けて言うので、くすぐったい気持ちになる。
﹁そんなことないよ。最初はあまり歓迎されてなかったもの﹂
と鈴華は婚約が決まった当時のことを思い出す。
あれから徹は随分変わった。
冷たい雰囲気も和らぎ、忙しいのに鈴華との時間を作ってくれよう
とする。そして今は、我儘を受け入れ自由に仕事もさせてくれてい
る。
何より、自分を好きだと言ってくれることが嬉しかった。
﹁何か、すげぇ幸せオーラ出てる﹂
と翔太が少し不機嫌そうに言った。
﹁ご、ごめん。最近徹さんともまともに会ってないから、考え込ん
じゃった﹂
﹁相変わらず忙しいんだ﹂
その問いかけに鈴華は頷いた。
﹁でも電話とかは毎日してるし、たくさん働いたあとは大抵半休か
1日休み取ってくれるから楽しみ﹂
鈴華は微笑む。その笑顔の眩しさに、翔太は邪な心が萎えるのを感
じる。
この笑顔は徹が相手だから引き出されるものだ。いい加減自分も諦
めれば良いのにと翔太は苦笑した。
﹁いいなぁ、私も早く彼氏見つけよう!﹂
と楓はまたワインを煽る。
222
﹁飲みすぎるなよ﹂
翔太が言うと、むきになってボトルを傾ける。
﹁っていうか2人飲んでないじゃない!﹂
楓は2人に絡んだ。
﹁俺は2人送っていかなきゃいけないから。鈴華は外で酒禁止だも
んな﹂
と鈴華を見て翔太は笑う。
﹁大事にされすぎ﹂
羨ましいと楓は叫んでまたグラスに口をつけた。
店を出る頃には楓は酔っ払ってフラフラになっていた。
翔太が車をまわすまで、鈴華が楓を支える。
﹁大丈夫?﹂
そういって背中をさする鈴華に楓は呻きながら返事をする。
﹁飲みすぎた。明日休みだからって調子にのってごめんね﹂
と楓は謝る。
﹁気にしないで。普段私のほうが迷惑かけてるし・・・なれない仕
事の上、私にまで目を配らなくちゃいけないの大変でしょう﹂
鈴華は申し訳なさそうに言う。
﹁そんなことないよ。鈴華さん、目を配らなきゃいけないようなこ
としないし、こうしてたまに食事に行ったりできる友達になれて嬉
しい﹂
楓はにんまり笑った。
﹁そう言ってもらえると私も嬉しい﹂
と2人は笑いあった。
223
車に乗った瞬間、楓は眠りに落ちた。
楓を両親と住んでいる自宅に下ろした後、鈴華の住む徹のマンショ
ンへと車を走らせる。
﹁いつも送ってもらってごめんね﹂
翔太は退社時間が同じ時や、食事をした後は毎回こうして送ってく
れるのだ。
﹁大事な預かり物だから﹂
翔太は笑った。
車に乗りながら徹にメールを打つ。文面はいつもと一緒だ。
翔太に送ってもらい家に帰っていると。
外に出してもらっている以上、全てのことはメールで報告している。
退社時間、出掛ける先、一緒に行く人間、帰宅時間。
楓に負担をかけないためにも、徹に心配をかけないためにも、であ
る。
マンションの前に着くと、エントランスに徹が立っていた。
車を見つけて外に出てきた徹に鈴華は声をかける。
﹁どうしたのですか?﹂
﹁今メール見たから、そろそろ帰ってくるかと思って待ってた。俺
も今帰ってきたところ﹂
徹はそう言って鈴華の額にキスをする。
翔太がまだいるのに、と鈴華は顔を赤らめた。
﹁いつもすまないな﹂
と徹は翔太に声をかける。しかしその声はすまない、と思ってはい
ない。
鈴華と翔太を2人きりにするのが心配で仕方ないのだろう。
224
その姿がおかしくて、笑いを噛み締めながら翔太は言う。
﹁いいえ、鈴華と楽しい時間が過ごせて、俺も嬉しいし﹂
と徹を見つめれば、掴みかからんばかりの勢いで睨みつけられる。
そんな事に気がつきもしない鈴華は、翔太に礼を言った。
鈴華の笑顔で、一気にその場の雰囲気が和んでいく。
翔太は車を発進させ、来た道を戻って行った。
﹁遅くなってすみません。楓ちゃんが酔っ払っちゃって﹂
鈴華は徹に告げる。
久々に顔を合わせて話をするので、少し緊張してしまう。
﹁無事に帰ってきてくれれば、問題ない﹂
と徹は微笑んだ。
その笑顔に鈴華も笑顔になる。
﹁明日は午後から出勤なんだ。朝はゆっくりできるから、今日は少
し夜更かしできる?﹂
徹を見上げて、その言葉が何を意味しているのかわかってしまい、
鈴華は顔を赤らめながらもコクリと頷いた。
225
番外編︻君を奪えたら︼後編
玄関のドアを閉めてすぐ、徹に抱きしめられ唇をふさがれる。
鈴華もそれに答えるように、懸命に舌を絡ませた。
徹は鈴華を抱え上げるとベッドルームのドアを開け、鈴華の体を横
たえる。
﹁あの、シャワー・・・﹂
せめてシャワーを浴びたいという鈴華をベッドに押さえつけ、唇を
奪う。
﹁後でいいよ﹂
耳元で低く囁かれると、鈴華は体に力が入らなくなった。
あっという間に裸にされ、鈴華は恥かしくなって俯く。
しばらく顔を合わせなかったため、こんな行為も久々なのだ。
しかし体は徹を求めていて、下半身がきゅっと痛くなる。
たぶんもう濡れている
そう思った瞬間、徹の指が足の足の間に入り込み、一番敏感な場所
に触れる。
驚いたような徹の表情に、鈴華は耐えられなくなって手で顔を覆っ
た。
﹁す、すみません﹂
226
恥かしくて泣きそうになる鈴華に徹は優しくキスをする。
﹁嬉しいよ、鈴華が自分で準備できるようになって﹂
そう言いながら指を中に埋めていく。
何の抵抗もなく、徹の指をのみ込んで行く。与えられた快感に、鈴
華は体をのけぞらせた。
﹁もう我慢できそうにない。早いけど、入れるぞ﹂
徹は鈴華の足を思い切り広げ、そこに自身を埋め込んでいく。
早急な動きに鈴華は小さく悲鳴を上げた。
十分に濡れてはいたが、久々に受け入れる鈴華の体は徹の侵入につ
いていけなかった。
﹁すまない、痛いか﹂
心配そうな徹に首を横にふる。
﹁大丈夫です・・・﹂
求めてもらえることが嬉しくて、鈴華は徹の背中に腕を回してしが
みつく。
﹁久々で、俺も余裕ない・・・後でたくさん気持ちよくしてやるか
ら・・・﹂
そう言って、徹は鈴華の腰を掴むと、自分の方に引き寄せた。
徹を全て受け入れた鈴華の顔が苦しさと快感に歪む。
﹁いきなりは、キツイよな・・・でも、もう・・・﹂
止められない、そう言って徹はゆっくりと腰を動かす。
﹁んっ・・・あっ・・・﹂
鈴華の反応が明らかに変わった瞬間、徹は鈴華の中に思い切り自身
を打ちつけた。
何度も激しく中をかき回され、鈴華は悲鳴にも似た嬌声を上げる。
﹁と・・・おるさ・・・もっと・・・﹂
鈴華のその言葉に、徹はもう自制がきかなくなっていた。
﹁鈴華・・・愛してる・・・﹂
その言葉を聞いて鈴華は押し寄せる快感の波に身をまかせると、意
227
識を飛ばしていった。
目をあけるともう外は明るかった。
昨日あのまま寝てしまったらしい。
パジャマを着ているが、自分で着た記憶がないので徹がしてくれた
のだろう。
そう思うと恥かしくて鈴華は顔が火照る。
隣に徹は居ない。
ベッドから降りると少し足元がふらついた。
力を入れようとしても入らずに、その場に座り込んでしまう。
昨晩はいつもより激しく抱かれた。いつも優しく気遣うように自分
を抱く徹が、いつも以上に自分を求めてくれる姿が嬉かった。
物音に気がついたのか、徹が部屋のドアを開けて入ってくる。
﹁大丈夫か﹂
徹は床に座り込んでいる鈴華に驚いて駆け寄ると、その体を抱き上
げベッドに寝かせる。
﹁昨日は、すまなかった。久々でつい酷くしてしまった﹂
と徹は申し訳なさそうに言う。
﹁嬉しかったです・・・徹さんに求められてると思うと・・・﹂
昨晩のことを思い出してしまい、鈴華は赤面して下を向く。
﹁今日は休みだろう。ゆっくり休め﹂
228
徹は鈴華にブランケットをかける。
﹁でも、せっかく一緒にいられるのに・・・﹂
午後から仕事へいってしまうのに、寝てしまうのはもったいなかっ
た。
起きて徹の側に居たかった。
﹁俺もここにいるから﹂
そう言われ、鈴華は枕に頭を預ける。
徹は鈴華の横に寝転がった。
﹁仕事、どうだ?﹂
その問いに、とても楽しいと鈴華は返した。
﹁そうか、良かった﹂
徹は鈴華の頬にキスをし、頭をなでる。
﹁あの、徹さんには本当に感謝しています。私の我儘を聞いて下さ
って﹂
鈴華は何とか徹に感謝の気持ちを伝えたかった。
しかし、どう言ったら自分の気持ちが伝わるのかわからない。
﹁ずっとは無理だから、今のうち楽しめ﹂
その言葉に鈴華は頷く。
﹁困ったことがあればすぐ言うんだぞ。一人で抱え込むな﹂
徹は心配そうに言う。
﹁大丈夫です。職場は忙しすぎて、悩む暇もないくらいですから﹂
鈴華はそう言って笑った。
229
月曜日は楓が休みを取った。
どうやら家庭の都合があるらしく、翔太も午前中は休むと連絡が来
ていた。
その日は社長も休みで、会社全体がバタバタしていた。
椎名家が総出で休みだと不都合も出てくるのだろう。
鈴華も楓のフォローに回っており、いつもより忙しく業務をこなし
ていた。
﹁清川﹂
佐野に呼ばれデスクの前に行く。
﹁はい﹂
﹁椎名の埋め合わせ、お前がやるんだって?﹂
そう聞かれ、鈴華は﹁はい﹂と答えた。
﹁まぁ、やっている内容は同じだし、今日はバタバタしてるから助
かる。ついでにこの書類、あいつが金曜日提出したやつなんだが、
訂正が多い。やってくれるか﹂
そう聞かれもちろんです、と頷いた。
しかし、いつもの倍ほど仕事量。定時に終わるはずがない。
珍しく佐野が鈴華に残業を頼むので、断れるはずもなかった。それ
に引き受けた以上はやり通さなくてはいけない。
鈴華は家に電話して残業を伝えると言い、オフィスを出る。廊下で
電話をかけてみたが、徹はやはり出なかった。
仕方がないのでメールを打つ。
先週末に半休を取っている。そのため徹はきっと、今日も帰りは遅
いだろう。しかし、残業することは伝えなくては、徹が心配をする
だろう。
230
ただでさえ、今日は楓が居ないのだ。
帰りはタクシーを捕まえるので、心配しないで欲しいと文章にし、
送信をする。
早く終わらせればそれだけ徹の心配を軽減できる。
自分の席に戻った鈴華は作業に没頭していった。
全てが終わり、時計を見ると9時半をさしていた。随分時間が経っ
てしまった。
楓の訂正箇所は広範囲で、確認作業に時間が掛かったのもある。
気がつけばフロアには鈴華と佐野の2人だけになっていた。
書類を佐野に渡すと急いで帰り支度を始める。
携帯を見れば徹から﹁了解﹂と短いメールが入っていた。
﹁お疲れ様です﹂
と佐野に言い、オフィスを出る。徹にメールを打ち、会社のあるビ
ルを出ようとしたところで呼び止められた。
﹁鈴華﹂
その声に振り返れば翔太が立っていた。
﹁今帰り?﹂
と聞かれて、鈴華は頷く。
送っていく、と言う翔太に﹁タクシーで帰る﹂と告げるが鞄を取ら
れてしまう。
﹁遠慮すんなよ﹂
そう言った翔太の視線が鈴華の首元へ行く。
231
すると突然、翔太は顔を真っ赤にさせてうつむいてしまった。
﹁どうしたの?﹂
鈴華の問いに顔をそむけながら﹁なんでもない﹂とそっけなく言う。
そしてその手を引っ張って、翔太は駐車場へと向かった。
﹁今日大丈夫だった?楓ちゃんもお休みだったし﹂
沈黙を破るように鈴華は聞く。
﹁あ、ああ。ちょっと親戚に不幸があって。親戚って言っても俺は
数回しか会ったことのない人だし。だから俺は午後から出勤できた﹂
と翔太は答え助手席のドアを開ける。
鈴華は促されるまま助手席に乗り込み、シートベルトをつける。
車を発進させた翔太が、今度は口を開く。
﹁・・・五十嵐さんに愛されてるな﹂
そう言って鈴華の首元を指で突いた。
そこには週末に徹につけられたキスマークがついている。襟で隠れ
ると思っていたが、姿勢によって見えてしまうのかもしれない。
先程の翔太の態度はこれを見られてしまったからなのだと、急に恥
かしさがこみ上げ、鈴華は下を向いてしまった。
その様子を横目で見ていた翔太は、自分の心の中にどす黒い感情が
沸くのを感じた。
壊してしまいたい
232
恥かしそうに俯く姿ですら、幸せそうで悔しさがこみ上げる。
俺だけのものに
胃が逆流するような感覚に、奥歯を噛み締めた。
﹁なんか・・・ムカつく﹂
翔太はそうつぶやくと、そのままハンドルを切り、交差点でUター
ンをする。
どんどんと徹のマンションから遠ざかって行き、鈴華は不安になっ
た。
ムカつくといった翔太。自分は何をしてしまったのだろうかと鈴華
は焦る。
﹁あの、私何かした?﹂
鈴華は恐る恐る聞く。
しかし翔太は黙ったまま運転をし続けた。
その横顔が怒っているようで、鈴華はそれ以上何も言えなくなって
しまう。
少し走らせたところに、観光名所でもある都内の大きな公園までや
ってきた。そこの駐車場に入り、翔太は車を停める。
﹁こんなこと、言われて困るのはわかってるんだけど、言ってスッ
キリしたいから言わせて﹂
233
翔太はそう言ってシートベルトを外すと、鈴華の頬に手を伸ばす。
﹃好きだ﹄
その言葉に、鈴華は目を大きく見開いて翔太を見つめた。
その目が真剣で、冗談を言っているようには思えない。
﹁わた・・し、徹さんが好きなの﹂
翔太の気持ちには答えられない。きちんと伝えなくてはいけないと
鈴華は口を開いた。
﹁わかってる、そんなこと・・・﹂
搾り出すような翔太の声に、鈴華の体が震える。
﹁勝手に好きになって、勝手に助けて、鈴華には理不尽なことだと
は思う。でも、お前がどんなに五十嵐さんが好きか、愛されてるか
見てるだけですごく辛い﹂
好きだと自覚したときには、もう戻れないくらい好きになってた。
俺のこんな感情を知らないお前を、騙すように自分の会社に引き入
れた。別に奪おうと思っていたわけじゃない。側に居られるだけで
嬉しかったんだ。
でもお前の心は五十嵐さんでいっぱいで、それを目の当たりにする
たびに、壊してやりたいって思った。
こんな醜い感情を知らないお前は、俺に気を許して笑顔を見せる。
その度に奪ってやりたいって思うのに、お前の幸せを壊すことはし
たくないと思う。
それ以前に自分のいる立場でそんなことできないって理性が働く。
もうぐちゃぐちゃで、どうしたらいいかわからないんだ。
234
気持ちを伝えれば、すっきりするかと思えば、口にした瞬間からも
っと好きになる。
自分の感情がコントロールできない。
今も、このままお前を連れ去りたい、そう思ってる。
一気に吐き出した翔太を、鈴華は目をそらさずに見つめていた。
黙りこんでしまった翔太へ手を伸ばし、その頬に手を当てた。
﹁気がつかなくて、ごめんなさい﹂
鈴華の目から涙がこぼれる。
﹁翔太君は優しいから、私甘えてばかりだった﹂
鈴華は言う。
﹁きっと後悔する。何もかも投げ出して、私を連れ出せば・・・・
きっと今も、私をここに連れてきたことでさえ、自分を責めてるよ
ね﹂
ごめんね。
鈴華に謝られ、翔太は鈴華を抱きしめた。
翔太の背中に手を回し、鈴華はゆっくりとその背をさする。
もっと嫌な女だったら良かったのに
ただの我儘で自分勝手なお嬢様だったら
こんな恋心に苦しめられることもなかったのに
﹁お前が謝る必要なんてない。勝手に好きになったのは俺だ﹂
﹁でも、私がもっと周りをよく見ていたら、こうはならなかった﹂
徹さんはきっと気がついていた。翔太君の気持ちを。
だからこそ、あんなに渋ったのだろう。
235
社会経験が積みたいなんて贅沢なこと言わずに、五十嵐の婚約者ら
しく大人しくしてたら良かったのだ。
そうしたら誰も傷つかずに済んだかもしれないのに。徹にだって迷
惑は掛からなかったはずだ。
翔太もさっさと自分の事など忘れられただろう。
その言葉に翔太は首を横に振る。
﹁違う。俺はこんな感情に悩まされながら、お前と過ごす時間を楽
しいと思ってた。仕事の後に食事したり、家まで送って行ったり・・
・﹂
だから、俺と過ごした時間まで否定するなよ、翔太の声が震えてい
る。
鈴華は胸が痛かった。
﹁私はどうしたらいい?﹂
鈴華の声に翔太は顔を上げて鈴華を見つめる。
﹁私を忘れてもらうために、翔太君に何ができる?﹂
翔太の瞳が潤む。それを隠すように、また鈴華の体を抱きしめる。
何をしたって、されたって、この気持ちをなかったことになんてで
きない。
﹁これで最後にするから、もう少しだけこうしていたい﹂
鈴華は﹁うん﹂と頷いて翔太をそっと抱きしめる。
その肩が少し震えていて、鈴華の瞳からまた涙がこぼれおちた。
しばらくして、翔太はゆっくりと体を離す。
236
﹁ありがとう﹂
翔太の浮かべた作り笑顔に、鈴華は胸がぎゅっと苦しくなった。
﹁ちょっとスッキリした。今言ったこと忘れて。俺も・・・今すぐ
は無理だけど、忘れるように努力する﹂
鈴華は静かに頷いた。
車を発車させた翔太は徹のマンションへの道のりを慣れた手つきで
運転していく。
すると鈴華の携帯が鳴る。手に取れば徹からだった。
﹁もう家に着いたか?﹂
その問いかけに鈴華は答える。
﹁さっき偶然翔太君に会って、今送っていただいているところです﹂
と伝える。
﹁そうか、残業お疲れ様﹂
帰ったらまた連絡を入れると言い、電話を切った。
﹁五十嵐さん、すっかり俺を信用しちゃってるな﹂
﹁翔太君、良い人だもの﹂
と鈴華は言った。
そんなこと無防備に言われてしまったら、連れ去るどころか、悪い
ことは何も出来ないではないか。
翔太は苦笑した。
それがわかっていて、徹は鈴華を翔太に預けたのかもしれない。
そう考えると、徹の方が一枚も二枚も上手で悔しくなる。
帰り際にファーストフードをテイクアウトした。
空腹の胃に、ハンバーガーの味が染み渡る。
237
車の中でハンバーガーを頬張りながら、たわいもない話で盛り上が
った。
こんな風に過ごす時間が、やはり一番好きだ。
鈴華の笑顔が他の男のものだとしても、この瞬間だけは自分に向け
られる。
それで十分だろ、翔太は自分自身に言い聞かせた。
翔太は鈴華の横顔を見つめる。
その頬にソースがついている事に気がつき、苦笑した。
五十嵐の婚約者が、まるで子供みたいだ。
信号待ちで翔太は自分のシートベルトに手をかける。
これくらい、許してくれ
翔太は助手席に座る無防備な鈴華に顔を寄せると、頬のソースを舐
め取った。
驚いたような顔の鈴華が翔太の方に顔を向ける。
﹁ソース取っただけだぞ﹂
その言葉に鈴華の顔が、暗い車内でもわかるくらい真っ赤に染まっ
た。
﹁ど、どうしよう、徹さんに何て説明したら・・・﹂
と次の瞬間には、その顔面が蒼白になる。
﹁馬鹿、そこは黙っておけ﹂
うちの会社が潰れる、と翔太は笑った。
238
その言葉にますます焦ったような鈴華が面白くて、可愛らしい。
つい抱きしめてしまいたくなるけれど、それは俺の役目じゃない。
君を奪うより、この時間が愛しくて
たとえこの笑顔が自分のものでなくても
守ってやりたい ずっと君が、あいつの隣で笑っていられるように
ーおわりー
239
番外編︻君を奪えたら︼後編︵後書き︶
まだこの小説をチェックして下さる方がいらっしゃって嬉しいです。
お付き合い、ありがとうございました。
意外に彼のファンが多かったのですが、鈴華は渡せないのでこんな
お話になりました。
翔太の心をぐっと掴んでくれる素敵な女性、どこかにいないかな。
240
徹︻四面楚歌︼前編
ここ数日、鈴華の様子がおかしい。
あの日、椎名の息子と家に帰って来てからだ。
どうしたのかと聞いてみても﹁なんでもない﹂という答えしか返っ
てこない。
しかしその顔が﹁何かあった﹂と言っているようで徹は鈴華の様子
を窺っていた。
数日、と言っても仕事が忙しく会う時間は少ない。
問い詰めようかとも思ったが、わずかしか会えない時間に、鈴華を
責めるようなことはしたくなかった。
しかし、以前のようなことになっては困るのだ。
前回はいじめられていることを自分に隠し、結局倒れてしまうまで
我慢していたのだ。
また一人で抱え込んで、体調を崩してしまうのではないかと心配に
なる。
徹はデスクから顔を上げ、修二に視線をやると、椎名建設との打ち
合わせの日はいつか尋ねた。
﹁椎名建設・・・ああ、明後日だ。2時から社長と会う﹂
241
何か気になることでも?と聞く修二に首を振る。
﹁鈴ちゃんに会えないかなぁとか思ってるんだろう﹂
修二はニヤニヤしながら徹に絡む。
﹁・・・そう思ったら悪いか﹂
﹁やけに素直だな、今日﹂
修二は拍子抜けしたような表情で徹を見た。
﹁椎名社長にその時間、鈴華とあの息子を呼び出すように伝えても
らえるか﹂
徹の真剣な表情に何かを悟った修二は﹁はいはい﹂と言って側にあ
った受話器を持ち上げた。
﹁清川﹂
ランチタイムを終えて、戻ってきた鈴華に総務部長の佐野が声をか
けた。
そちらを見れば、ちょっと来いというように手招きをしている。
鈴華は弁当箱を自分のデスクに置き、佐野の元へ行った。
﹁椎名社長が今日2時に、社長室へお前を寄こせと言ってきた﹂
何かあったのか、そう聞く佐野に﹁心当たりはない﹂と答える。
翔太の父親でもある社長には、鈴華が入社するにあたって世話には
なっているが、個人的に呼び出されたことなど今まで一度もない。
社長と親しくしていることが広まったら、自分の素性までばれてし
まいかねない。その辺は細心の注意を払っている。
しかし、そんな危険を冒してまで、社長室に鈴華を呼び出す理由。
徹が絡んでいるのかもしれない、と頭をよぎった。
242
﹁お前は俺の責任下にあるわけだし、何か不手際があったのなら自
分も行くと言ったんだが、社長はお前一人に来させたいらしい﹂
その言葉にやはり徹関連なのだろうと鈴華は確信する。
﹁もしお時間いただけたら、私一人で行ってきます﹂
と鈴華は言った。
﹁お前に限って、社長を怒らせるようなことはしないだろうし・・・
﹂
一体何の話があるんだか、と心配そうに言う佐野に鈴華は苦笑いだ。
社長命令なので無視もできない、ということで、2時に社長室へ向
かうことになった。
時計が1時50分を指すと佐野がスーツのジャケットを持って席を
立った。
﹁清川、行くぞ﹂
その声に鈴華は慌てて席を立つ。
﹁私一人で・・・﹂
そう言う鈴華に﹁俺もお前が呼び出された理由が知りたい﹂
と有無を言わさずオフィスを出て行く。仕方なく鈴華は佐野のあと
を追った。
社長室とかかれたドアをノックすると、佐野が﹁失礼します﹂とド
アを開けた。
鈴華は佐野の後ろに続く。
﹁佐野君、私は清川君だけで来るように言ったはずだ﹂
そう社長の低い声が聞こえた。
説明しようと口を開きかけた佐野は、椎名社長の横にいた人物を目
にし驚いたような表情になる。
243
﹁お前、佐野か﹂
その聞き覚えのある声に佐野の後ろから顔を出して見れば、徹と修
二が椎名社長の正面に立っていた。
社長の横にはなぜか翔太が居て、鈴華の顔を見るなり笑顔で手を振
る。
﹁おお、五十嵐に修二!久々だなぁ﹂
佐野は嬉しそうに徹の肩を叩いた。どうやら知り合いらしい。徹も
笑顔で佐野を見た。
﹁五十嵐、なんて軽々しく呼べなくなるな。そのうち親父さんの会
社継ぐんだろ?﹂
佐野は言う。
﹁何言ってるんだ。友達なのは変わりないだろう。しかし驚いた。
お前が椎名建設で働いてるとはな﹂
この2人の会話に鈴華をはじめ、椎名社長、翔太も目を丸くして見
つめている。
﹁大学の同期なんですよ﹂
佐野は目を丸くしている社長に告げる。それを聞いて椎名も﹁そう
か﹂と納得したように言う。
﹁お前、結婚するんだってな。おめでとう。あれだけ派手に遊んで
たお前が、すんなり婚約しちまって驚いたぜ。もっと親父さんに反
発すると思ってた。
やっぱり会社を継ぐって大変なのか﹂
と苦笑いで言う佐野の言葉を、鈴華は複雑な気持ちで聞いていた。
やっぱり付き合っていた人はたくさん居たのだと、どうしようもな
244
いことで悲しくなってしまう。
俯いた鈴華に気がついた徹が、まっすぐ鈴華に手を伸ばす。
﹁大変でもない。結婚相手は惚れた女だからな﹂
佐野は徹が伸ばした手の先をゆっくりと振り返った。
﹁紹介しよう。彼女が俺の婚約者、清川鈴華だ﹂
鈴華は佐野にどう言っていいかわからず、下を向いたまま差し出さ
れた手を握った。
﹁えっ・・・あ、清川・・・ってそうか、こいつだったんだ。今う
ちの部で働いてるんだ﹂
佐野は驚いたように口をパクパクさせた。
﹁社会勉強のために、婚約者ということは伏せて入社させた。お前
のいる部署に配属とは偶然だな﹂
徹は鈴華に微笑むと、椎名社長に向き直った。
﹁私的なことで2人を呼び出してすみません。ひとつ聞きたいこと
があるのです﹂
と徹は視線を翔太にうつす。
﹁最後に君に送ってもらった日から、鈴華の様子が変なんだ。鈴華
は何でもないと言うので、君なら知っているかと思って﹂
穏やかな声とは裏腹に、徹は冷めた視線を翔太に送る。
鈴華は顔を赤くして徹を見上げ、不安げに翔太を見た。
その視線に翔太は小さく息を吐いた。
﹁ああ、俺がキス︵ほっぺに︶したからかな﹂
翔太の目はまっすぐ徹を見つめ返す。
2人の間に見えない火花が散った。
245
翔太の言葉に、椎名社長は白目をむいて腰が抜けたようにソファー
に座り込む。
鈴華は徹の顔をまともに見れなくなり下を向いた。
﹁キス・・・﹂
徹の顔が怒りで歪み、鈴華の手を掴む力が強まった。
﹁ち、違います!翔太君はほっぺについたソースを取ってくれただ
けです﹂
鈴華は必死に弁解する。
﹁でも、唇で取られたならキスはキスだ﹂
と徹は押し殺したような声で鈴華に言った。
すみません、と小さく謝る鈴華に徹は苛立ったように告げた。
﹁お前は隙がありすぎる。だから目の届かないところに行かせるの
が嫌だったんだ。今日いっぱいでこの会社を辞めてもらう﹂
その言葉に鈴華は瞳を曇らせた。
﹁待てよ、俺が勝手にしたんだ。鈴華を責めるなんてお門違いだ﹂
翔太は必死に言う。
﹁こういう事があったら、すぐ辞めさせる約束だった﹂
お前も聞いていただろう。
徹は翔太を睨みつけた。
﹁鈴華、今すぐ家に帰れ﹂
イライラしたように言う徹に、鈴華は目に涙を溜めて俯いた。
﹁待てよ﹂
佐野が徹を押しのけ、鈴華を背中に庇う。
﹁こいつはお前の婚約者かも知れないが、今は就業時間中で俺の部
246
下だ。勝手なこと言われたら困る﹂
﹁それに、お前学生時代から遊びまわってたじゃないか。今の清川
の歳の時何やってたよ?頬にキスされたくらい許してやれ﹂
大人気ない、と佐野は言い放つ。
その言葉に徹の隣にいた修二が噴出した。
﹁佐野、相変わらずだな﹂
五十嵐徹にそんな口をきけるのは俺かお前くらいだ。
おかしそうに笑う修二に徹は﹁お前もフォローしろよ﹂と言う。
﹁お前は、俺のフォローが必要なほど弱くないだろう。それに今の
状況だったら、俺は鈴ちゃんの味方かな﹂
俺も﹃お前が落ち着く﹄に一票、と徹の肩を叩いた。
﹁何なら清川に話してやっても良いんだぜ、お前の女性遍歴・・・﹂
﹁鈴華、耳を塞いでろ﹂
佐野の言葉を遮るように、徹は鈴華に言った。
鈴華が佐野の背後でオロオロしていると、後ろにまわった翔太が鈴
華の耳を手で押さえる。
﹁気にするな。五十嵐さんが今好きなのは、お前だ﹂
耳元で翔太に囁かれ、鈴華はコクリと頷く。
以前、パーティー会場で聞いた数々の徹に関する噂に、鈴華が胸を
痛めていたことを知っている。
これ以上悩ませないために言っているのだと思うと、鈴華は心が軽
くなるのを感じた。
﹁お前・・・鈴華に触るな﹂
徹は鈴華の耳を押さえている翔太を睨みつけた。
247
今にも掴みかかりそうな勢いに、修二が徹の肩を抑える。
﹁五十嵐さんが言ったから、耳を塞ぐ手伝いをしてるだけだろ。婚
約者なんだからもっと余裕を持ちなよ﹂
嫌われるよ、と翔太はからかうように言った。しかしその瞳は笑っ
ていない。
徹は奥歯をぐっと噛み締める。
まるで四面楚歌だ。しかも肝心な虞美人まで人質にとられてしまっ
ている。
あの話より最悪な状況だ。
徹、修二、佐野、翔太が緊迫した空気を作り出し、鈴華はどうして
良いかわからなかった。
椎名社長にいたっては、腰を抜かしたまま何もできないでいる。
﹁・・・・わかった。公私混同してすまない。佐野、鈴華を頼んだ﹂
徹は大きく息を吐いて言う。
﹁はいはい。じゃあ、こいつ連れて帰れるぞ﹂
佐野は鈴華を出口へと押しやる。
﹁鈴華、仕事中に呼び出して悪かったな﹂
徹の言葉に鈴華は首を横に振った。
佐野の後に続いて廊下に出ると、鈴華の目から涙がこぼれ落ちた。
一緒に出てきた翔太が申し訳なさそうに鈴華の頭を撫でる。
248
﹁俺のせいで・・・ごめんな﹂
五十嵐さんの態度に我慢できなくて、と言う翔太に、鈴華は首を横
に振って答えた。
﹁違うの・・・やっぱり、徹さんは私が働くことを良く思ってない・
・・﹂
それがわかって辛い、と鈴華は言った。
﹁佐野さん、キリの良い時で構いません。会社を辞めさせてくださ
い﹂
そう頭を下げる鈴華に﹁本当にそれでいいのか﹂と佐野は聞いた。
鈴華は深く頷く。
﹁本気で言うなら、月末には辞めさせてやれるが・・・あいつも、
本気で言ったんじゃないと思うぜ﹂
人間誰しもかっとなる事だってある、と佐野は言う。
﹁・・・いいえ、もう十分自由にさせてもらいました。私は、徹さ
んのために何かしたいです。これ以上煩わせるようなことはしたく
ない﹂
鈴華は佐野にそう言うと、翔太に向き直る。
﹁翔太君、今までありがとう。私の我儘に付き合って、会社まで紹
介してくれて﹂
そう寂しそうに笑う鈴華に、翔太は顔を歪めた。
﹁俺、五十嵐さんに掛け合うから。俺のせいで鈴華の自由を奪われ
るのは嫌だ﹂
そう言った翔太に鈴華は首を横に振る。
﹁元々自由なんてなかった私に、その場所を与えてくれたのは翔太
君だよ。私本当に楽しかったの。翔太君がいなかったら、経験でき
249
なかったと思う﹂
これ以上は望んではいけない。
ありがとう、そう言って鈴華は佐野に促され、自分の部署へと戻っ
て行った。
徹が帰ってくるのが怖いと、一緒に住み始めてから初めて思ったか
も知れない。
昼間の徹の態度を思い出すと、自分に対して怒っていたことは明ら
かだ。
滅多に怒らない徹が怒りを露にしたときは大抵、苛々をその瞳に湛
えて鈴華を見つめるのだ。
その瞳が怖い。
最初は自分を無理やり抱いた時。
次はパーティ会場で翔太との関係を問い詰められた時。
恐怖がこみ上げて、胸が苦しくなった。
出来ればそんな徹の姿を見たくない。意図せず徹の怒りに触れてし
まう自分が情けなくて目の端に涙が浮かんだ。
帰ってきたら月末で会社を辞めることになったと告げれば良い。
そうすればきっと許してもらえる。
鈴華はそっと溜息をついた。
夜11時を回った頃、玄関のドアが開く音がした。
250
リビングで洗濯物を畳んでいた手を止め、鈴華はソファから立ち上
がった。
早足にこちらへ向かってくる足音が聞こえ、とっさに身をすくめた。
リビングに入ってきた徹の姿を視界に捉え、鈴華は会社を辞めると
伝えようと口を開こうとした。
いや、まずは﹁お帰りなさい﹂と言うべきだ。
しかし、焦って声が出てこない。
あっという間に鈴華の前に来た徹に手を伸ばされたが、とっさに体
を引いてしまった。
その瞬間、徹の瞳が驚いたように見開かれた。
まさか避けられると思っていなかった徹は、その場で固まってしま
う。
2,3歩徹から距離をとりながら鈴華は早口に言った。
﹁こ、今月末で退社させてもらえることになりました・・・だから・
・・あの﹂
これ以上怒らないで欲しい、と伝えようとした瞬間、徹の腕の中に
抱きしめられる。
鈴華は目をぎゅっとつぶった。次は何をされるのだろうかと体が勝
手に身構えてしまう。
しかし無言で抱きしめる徹の手が震えていることに気がついて、鈴
華は顔をあげた。
﹁と・・徹さん?﹂
﹁・・・すまない。つまらない嫉妬をして、情けないと思ってる﹂
しっかりと抱きしめられているため、鈴華から表情は見えないが、
251
発せられる声が悲しそうで鈴華は徹の背中を抱きしめるように手を
まわした。
﹁将来大企業を背負って立つ男が、公私混同した上、お前を束縛し
て・・・﹂
嫌いになったか。
そう聞かれ、鈴華は首を大きく横に振る。
﹁き、嫌いになんてなれません﹂
自分もぼけっとしているから、翔太にからかわれるのだ。
きちんと周りに目を配って、大人の対応が出来ていたら徹に負担を
かけることもなかったはずなのだ。
﹁お前のことになると、理性がきかなくなる﹂
許して欲しいと言う徹に、鈴華は首を横に振った。
﹁・・・昼間はカッっとなって言っただけで、今すぐ仕事を辞める
ことはない﹂
徹は鈴華の頭を撫でた。
﹁でも・・・もう、決めたんです。佐野さんにもお伝えしました﹂
﹁仕事辞めてどうするんだ﹂
﹁徹さんが帰ってくるのを、この家でずっと待ってます﹂
その言葉に徹は思わず噴出した。
﹁魅力的な言葉だが、俺もあまり帰ってこられないし、正式に籍を
入れるまでは暇になるだろう。佐野と椎名社長には俺から電話して
おくから、
もう少し仕事続けたらいい﹂
そう言う徹に鈴華は﹁でも﹂と言う。
﹁それに、椎名の息子がすごい剣幕で電話してきてな﹂
徹はおかしそうに話し始めた。
252
あの後、翔太は徹に電話をし、もし鈴華を辞めさせるのであれば、
椎名の名前を捨てても鈴華を連れて逃げると宣言したのだ。
勝手に好きになったのは自分で、キスをしたのも鈴華に非はない。
それが明らかであるのにも関わらず、鈴華を閉じ込めておくような
奴には、危なくて任せていられない。
これからも鈴華が何か気に入らないことをするたびに禁止事項を増
やしていくのだろう。
そんな男のもとで幸せになれるとも思えない。
しかし、徹が鈴華をこのまま勤務させるよう許可するのであれば、
翔太は鈴華に指一本触れないと約束をした。
そして、鈴華に近づくすべての男を排除してみせると断言したのだ。
﹁良いボディーガード役も確保できたことだし、安心して勤められ
るな﹂
と徹は言った。
﹁翔太君がそんなことを・・・﹂
鈴華は嬉しくて顔を綻ばせた。
﹁おい、その笑顔・・・・あいつに惚れるなよ﹂
徹は眉間に皺をよせる。
﹁翔太君は大事なお友達です。そのお友達が自分を同じように大切
だと思ってくれていることは嬉しいです﹂
と言う。
﹁そして、私は徹さんが好きです。徹さんが私を望む限り、絶対に
この手を離しません﹂
信じてくださいますか。
その言葉に徹は眉を下げた。
﹁ああ、信じてる。俺も大人にならなきゃな﹂
と笑った。
253
晴れて徹の許可も貰い、佐野にも辞職撤回をした。
﹁ころころ状況が変わって申し訳ない﹂と謝る鈴華に佐野は言う。
﹁あいつが本気でないことはわかってたから、最初からお前が辞め
るとは考えてなかったよ﹂
と言った。
お前は有能な部下だ。しっかり働け。
そう言われて鈴華は大きく返事をすると、いつもの業務に戻って行
った。
つづく
254
徹︻四面楚歌︼前編︵後書き︶
続きは明後日までにUPします。
255
徹︻四面楚歌︼後編
それからは何かあるたびに、翔太が徹に連絡をしているようで、伝
えてもいない予定も筒抜けになっていることが増えた。
今日も翔太と楓で食事をしてから帰ろうという話になる。
徹に許可をもらわないとと言う鈴華に翔太は﹁もう取った﹂と笑っ
た。
鈴華からも徹にメールをすれば﹁あいつから聞いてる。楽しんでこ
いよ﹂と返信があり、鈴華は笑顔になる。
﹁翔太君ありがとう﹂
﹁お前が監禁されるよりマシだからな﹂
五十嵐さんは鈴華の事を逐一報告しておけば機嫌が良い、と徹の扱
い方がわかったような言い方で鈴華は笑ってしまう。
﹁お前らこれからどっか行くのか﹂
聞き覚えのある声に振り返れば、佐野がスーツの上着を脇に抱えて
立っていた。
﹁これから久々に3人で食事に行くんです﹂
と鈴華が言えば、佐野は﹁俺も混ぜろ﹂と言う。
﹁え、何で佐野さんが?﹂
翔太は驚いたように聞き、楓にいたっては日ごろ怒られっ放しなの
で、げんなりとした表情になる。
﹁ん、コイツに興味がある﹂
256
と鈴華のおでこを指でさした。
その瞬間翔太が間に入る。
﹁興味を持たなくて結構﹂
翔太は警戒心丸出しで佐野を睨む。
﹁そういう興味じゃねぇから安心しろ﹂
佐野は翔太の姿に苦笑した。
あの徹が父親の言いなりになって政略結婚に同意し、しかもその相
手にぞっこんときてる。
さぞかし良い女なのかと思えば、目の前にいるのは大人しいお嬢様
で、まだ幼ささえ残る鈴華だ。
今までと系統が違いすぎる。
何がそんなに良いのか興味があるだけだ。
佐野の言葉に翔太は﹁その言い方、失礼だよ﹂と言った。
﹁確かに顔は可愛いし、お前が惚れるのもわかるが、徹までやられ
ちまってる。面白いじゃないか﹂
と笑う佐野に翔太は珍しく顔を赤くしていた。
﹁おごってやるから、俺も混ぜろ﹂
そういう佐野に3人はしぶしぶ了承した。
自分がおごるのだからと、佐野の好みで居酒屋に連れて行かれた。
男性客の多いにぎやかな店内。少し鈴華と楓の存在が浮いていた。
鈴華は皆で楽しく過ごせればどこでも構わないので、そんなことは
気にしていない。
しかし、翔太と楓はまだ食事もしていないというのに、げっそりと
した表情だ。
﹁乾杯﹂
257
佐野は冷えたビールをジョッキ半分一気に飲み干した。
鈴華は翔太の計らいでソフトドリンク、翔太もウーロン茶片手に、
楓はビールに口をつけた。
﹁しかし驚くよな。見たか、あの時の徹の顔。翔太相手に嫉妬丸出
しで、笑いこらえんのに必死だったぜ﹂
社長室での出来事が余程面白かったらしい。
興味深々な楓に、佐野はその時の状況を説明し始めた。
酒が入ったからか、オフィスに居るときよりもテンションが高い。
実際はこういう性格なのかもしれないと、鈴華は佐野を見つめた。
﹁おい翔太、お前はなんでこいつが好きなんだ?﹂
ストレートな質問に、翔太は飲んでたウーロン茶を口から吹き出す。
﹁鈴華ちゃんは顔だけじゃなくて性格も可愛いですよ。仕事も出来
るし、お嬢様なのに嫌味じゃない。癒し系っていうのかな。
きっと五十嵐さんの前でもこのままだと思うんです。変に取り繕っ
たりしない。そういう自然体なところが、魅力だと思うけど﹂
と楓は佐野にいった。
﹁なるほどな。あいつの周りにいた女は見た目は良いが、性格に難
のある女ばっかだったからな﹂
﹁・・・徹さんの周りの女性は、そんなに素敵な方ばかりだったん
ですか﹂
鈴華の静かな声に、翔太が﹁そんなこと気にするな﹂と言う。
﹁素敵・・・体は﹃素敵﹄だったな、確かに﹂
と佐野はニヤける。
﹁やっぱり。以前徹さんとお付き合いされていた方に﹃まな板みた
258
いな体﹄と言われましたから、大体予想はついてました﹂
事実、鈴華を執拗に苛めた杉下真奈も、スタイルは抜群だった。
鈴華はそれを思い出し、眉を下げる。
﹁鈴華、女は体じゃない。心だ﹂
と言う翔太に、楓も頷く。
﹁そうだよ。結果的にそういう女の人より、鈴華ちゃんを選んだん
だから、自信持って。私はあんなに溺愛されて羨ましいよ﹂
楓はそう言ってビールを飲み干し、もう一杯追加注文する。
﹁でも、もう少しくらい女らしい体つきにならないかな﹂
と鈴華は自分の胸元に目をやり、溜息をつく。
﹁ばか!お前は気にしなくていいんだよ。胸はでかけりゃいいって
もんじゃない。小さいほうが感度が良いって言うじゃん﹂
と勢いよく言い、翔太は自分の発言に赤面した。
﹁感度・・・﹂
﹁翔太イヤらしい。そういう目で鈴華ちゃん見てるわけ?﹂
楓に言われた翔太はますます顔を赤くして俯いてしまう。
﹁揉みが足りねえんだよ。あいつ仕事にかまけてお前の相手できて
ないんだろ。胸は揉まれればある程度なんとかなる﹂
たぶん、と佐野に言われ、それも確実な方法ではないのか、と鈴華
は落胆する。
﹁なんだったら、俺が揉んでやろうか﹂
佐野の発言に、鈴華は顔を赤くした。
﹁佐野さん!やっぱりあんた、鈴華を!﹂
翔太は佐野に掴みかからんばかりの勢いだ。
﹁ないない。俺は人妻には手を出さない主義だ﹂
﹁・・・私まだ人妻では・・・﹂
259
鈴華は苦笑した。
﹁同じことだろ。1年すれば結婚するんだ﹂
結婚、と言う響きに鈴華はドキドキしてしまう。
﹁っていうかさ、人妻って響きなんかエロいよな﹂
急に言い出した佐野に、話題を振られた翔太が慌てる。
﹁うんうん、確かに。鈴華ちゃんが﹃人妻﹄って言われると、妙な
気分になるかも﹂
楓がうなづく。
﹁お前ら何言ってるんだよ﹂
と言う翔太に佐野は﹁お前だって清川が人妻って考えたら、それは
それで萌えるくせに﹂
と笑った。
﹁・・・それは、私が人妻らしくないということですか﹂
自分が幼いといわれているようでますます落ち込んでしまう。
ただでさえ、年上の徹とは年齢的にも釣り合っていない。そこへ鈴
華の幼さで、より一層距離が出来ている気がしているのだ。
﹁そうじゃない。鈴華が﹃人妻﹄って思うと、エロい感じがしてぐ
っとくるんだ﹂
力説する翔太に、鈴華は理解できないながらも慰めてもらっている
と受け取り、﹁ありがとう﹂と言った。
﹁何言ってるんだろう・・・俺﹂
自分の発言に我に返った翔太が、真っ赤な顔でテーブルに突っ伏し
てしまう。
260
﹁翔太、変態﹂
﹁お前、やっぱり人妻好きなんじゃん﹂
楓と佐野に言われた翔太はその後しばらく口を閉ざしてしまった。
何度目かの溜息のあと、徹は鈴華の顔を覗き込んだ。
﹁どうした?また悩み事﹂
徹に言われ、鈴華ははっとする。
珍しく早く帰ってきた徹と過ごしているのだ。ぼうっとしていては
勿体無いと鈴華は頭を振った。
﹁あいつらと食事、楽しくなかったのか﹂
その言葉に、鈴華は首を横に振る。
そして少し考えた後、鈴華は口を開いた。
﹁私が人妻だとエロくて萌えるんですか﹂
鈴華の発した言葉に、徹は風呂上りに飲んでいたミネラルウォータ
ーを噴く。
﹁・・・鈴華。できれば、その結論に至った経緯と前後の会話も併
せて言ってくれないだろうか﹂
一体どんな会話をしてきたんだ、と問われ鈴華は今夜の出来事を話
始めた。
﹁佐野も一緒だったのか﹂
通りで、と徹は苦笑した。佐野は学生時代から、黙っていれば硬派
261
に見られるのだが、話しをすると案外えげつない発言をすることも
ある。
良く言えばノリが良い。悪く言うと下品だ。
修二とよく気が合っており、会う度に耳を塞ぎたくなるような話も
してた。
しかし、佐野に言わせれば、行動で一番下品なのは徹らしい。
確かに、学生時代・・・卒業後もハメは外した。
鈴華と出会うとわかっていたら、もう少し大人しくしていたのだが、
と徹は頭を抱える。
﹁まぁ、あいつらの言いたいことは、なんとなくわかる﹂
と言う徹を鈴華は、説明を求めるような眼差しで見つめた。
﹁鈴華みたいに純情無垢なお嬢様が人妻だと、ぐっとくるって事だ
ろう﹂
そういえば、翔太がそんなことを言っていたと鈴華は頷く。
﹁人妻って言うのは、結婚した瞬間から旦那に色々仕込まれてる。
いわば、旦那好みに開発されているわけだ﹂
その分経験も豊富。しかし、人妻だからもちろん手は出せないし、
その内容も知ることは出来ない。
でも一体旦那にどんなことを調教されているのか、想像すると﹁ぐ
っとくる﹂ということだろう。
特に、鈴華みたいに何も知らなさそうな奴だと余計に。
その話の流れから察するに、主にセックスの話題なんだろうな。
そう言う徹に、鈴華は顔を真っ赤にさせた。
自分の気がついていなかった水面下で、そんな想像をされていたと
は。
262
﹁・・・翔太君変態・・・﹂
鈴華の発言に、徹は笑った。
﹁だから言っただろう。男は鈴華の知らない所でとんでもない想像
をしている﹂
特にあいつは、と徹は付け加えた。
次に翔太に会った時、どんな顔をすればいいのか。鈴華は考え込ん
でしまった。
﹁で、鈴華は俺に調教されてみたい?﹂
徹の言葉に恥かしくなり下を向いてしまう。
﹁冗談だ。あんまり悩むなよ﹂
鈴華はそのままで可愛いんだから、と徹はその唇にキスをした。
﹁・・・でも徹さん好みの奥さんになれるってことですよね﹂
﹁そういうことになるな﹂
﹁でしたら、されてみたいです。調教!﹂
真剣に言う鈴華に、今度は徹が赤面した。
耳まで真っ赤になっている徹に鈴華は続けて言う。
﹁私は、徹さんの好みの体型じゃなけれど、行動でしたら直してい
けます﹂
名案だとでも言うように、鈴華は嬉しそうに徹を見つめた。
﹁誰がお前の体が好みじゃないと言ったんだ﹂
﹁佐野さんが、徹さんが以前お付き合いされていた方は﹃体が素敵﹄
と言っていました﹂
自分の体がそうではないことは、十分自覚している。
だったら直せる部分だけでも徹の好みになりたいと思う。
263
﹁佐野の奴、余計な事を・・・﹂
今度文句を言ってやる、と徹は拳を握り締めた。
﹁何度も言うが、鈴華はそのままで十分だ﹂
でも、と言いかけた鈴華の口を、徹は自分の唇で塞いだ。
鈴華がこれ以上、魅力的になってしまったら、もう一生外に出した
くなくなってしまう。ずっとこの部屋に閉じ込めて、誰の目にも触
れさせないように。
そう思ってしまう時点で、自分も相当鈴華に惚れ込んでいるのだと
自覚する。
日に日に大人へと成長し、綺麗になっていく鈴華を、今ですら束縛
して離れないようにしたい衝動にかられるのだ。
外から変なことを吹き込まれるのは、いただけない。しかし、無駄
に頑張る姿も可愛らしい。それが自分のためだったらなお更だ。
今はそのままで。
これ以上俺を狂わせるな。
想いをこめて、徹は鈴華に深くキスを落とした。
次の日、たまたま退社が一緒になった翔太に声をかけられ、鈴華は
びくっと肩を震わせた。
﹁今帰り?送っていくよ﹂
そういう翔太から、鈴華は距離をとる。
﹁・・・今日はタクシーで帰ります﹂
急に敬語で、しかも自分と目も合わさない鈴華に、翔太は怪訝そう
264
な顔をする。
﹁何遠慮してんだ﹂
腕を掴もうとする翔太を﹁ごめんなさい﹂と振り切り、エントラン
スを走って逃げていく。
突然のことに、翔太はその場に立ち尽くした。
﹁ああ。鈴華ちゃん、五十嵐さんに﹃人妻が萌える﹄理由を聞いた
らしいよ﹂
翔太君、そんなこと考えてたなんて変態!って今朝言ってたわ。
実際はそんな口調ではなかったが、楓は面白がるように翔太に言う。
それを聞いた翔太の顔が一瞬で青ざめた。
楓はニヤついて翔太の肩を叩いた。
﹁ご愁傷様﹂
﹁なっ・・・何で俺なんだよ!言い出したのは佐野さんだろ﹂
﹁私に言わないでよ。まぁ、五十嵐さんにハメられたんじゃない﹂
翔太はその場に頭を抱えてしゃがみこむ。
その姿に楓は腹を抱えて笑った。
その後、鈴華の翔太への誤解︵でもない誤解︶を解くために2週間
という時間を要した。
佐野は徹に延々﹁鈴華に変な事を吹き込むのはやめろ﹂と説教され、
翔太からは2週間死んだように﹁佐野さんのせいで・・・﹂とグチ
グチ言われるはめになった。
しかし未だ、なぜ徹や翔太まで鈴華の魅力に取りつかれているのか、
265
理解ができなかった。
﹁・・・もっと突っついてみるか﹂
佐野は面白そうに笑いを噛み締める。
しかし、こんなにも自分が興味を惹かれるということは、やはり鈴
華にはなんらかの魅力があるのだろうと佐野は感じていた。
﹁ミイラとりがミイラに・・・・﹂
ならないよう気をつけよう。
佐野はデスクから顔をあげ、真剣な顔で仕事に打ち込む鈴華の横顔
を眺めた。
ーおわりー
266
徹︻四面楚歌︼後編︵後書き︶
﹃四面楚歌﹄高校の授業で習ったものを引用してみました。
私の年代は漢文の授業でやったのですが、今は漢文自体教えないか
もしれません。あの話、好きなので布教されないのは残念。
では皆様、少し早いですがメリークリスマス。
追記
誤字のご報告ありがとうございました!少し遅くなりましたが、修
正させていただきました。
267
PDF小説ネット発足にあたって
http://novel18.syosetu.com/n4544x/
溜息の数だけあなたを想う
2012年9月4日15時37分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
268
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